プラハの宿のドミ仲間と別れ、我々はドイツ行きの記者に乗るためプラハHlavi駅へ向かった。
チケットは前日に入手していたので、あとは優雅に列車に乗り込み車窓から中欧の風景を楽しむはずであった。駅の掲示板にドイツ行きの表示が出るのを待つが、一向に出ない。チケットは列車指定ではなく、ただの区間チケットであったため汽車の表示は書いていない。あとはチェコ語。チェコ語といえばアホイしか知らない自分がこのチケットを読みこなすのは、やっとパパママと言えるようになった赤ん坊がこち亀を全巻読破するのに等しい。列車出発20分前になっても表示されないため、不安になった。
駅員に聞くのがファーストチョイスであるが、ここチェコはインフォメーションでさえなぜか英語が通じない国である。おまけにとても愛想が悪い。ブルノでメンデル博物館への行き方を駅のInformationで聞いてみたところ、「No
English!」と言われたことがある。英語が通じないのはいいとしても、英語で「Information」と表示するのはとても紛らわしい。日本食が恋しくなって、やっと見つけた日本料理店に入り「こんにちはー!」といったところ、「○×@@&%$×~=○#$%&!」と言われるか、中東ですごく親切な人に会って旅先の出会いはいいものだと思っていると、最後にお金といわれるくらいの残念感だ。
セカンドチョイスは他の旅人に聞く事であるが、なぜかこの駅には明らかな旅人があまりいない。全員中欧~東欧系に見える。
ユーレイルパスを買う時におまけでもらったしょぼい時刻表をもう一度見てみる。よく見てみると、駅の名前がHolesoviceとなっている。もうひとつの駅だ。
奥様のご機嫌をうかがいながら、高倉健のように渋く、
「どうやら、ドイツ行きの列車はもうひとつの駅から出るようだぜ、奥さん」
と言ってみる。
林家ペーパーのように、
「アイヤー、オイラ達まちがって別の駅にきちまったよー、アハハハハ!カシャ、カシャ!」
田中義剛風に
「あら?!こらちがう駅だべや?!まいったなこりゃ?!」
と言う選択肢もあったのだが、
どうやら温度差がかなりあるようだ。
「奥様!撤収だ!てててっしゅ~う!」
一時間前には、宿の前でさわやかに他の旅人と別れた我々であったが、
重いバックパックを背負ってプラハの駅を全力で走るハメになった。
なんとか地下鉄に乗り、もうひとつの駅にたどりついた。発車5分前である。席の予約がないジプシーなわれわれを拾ってくれたのは、なんとベトナミーゼであった。
我々のベトナムに対するイメージとしては
60% ボッタクリ
20% ホーチミン、戦争
10% ハロン湾
10% ベトナム料理
と、ベトナム人とまともに話す機会が無いくらいボッタクリが強烈な印象に残ったのである。
彼の名はホアン。
北ベトナム出身で、一家がクリスチャンであったため南ベトナムへ逃れ、ベトナム戦争の際に難民ボートでインドネシアへさらに逃れた。そこで基礎教育を受けたのち、UNの協力でノルウェーの大学へ入学してITを学び、オスロで現在IT会社を経営しているという、「人生、いつみても波乱万丈」に出てきそうな経歴の人であった。
ベトナムでのベトナミーゼとの会話は99%値段交渉であったため、初めて普通の人と話すことが出来た。
彼からベトナムについて、中国、アメリカや周辺国との関係、経済、教育などいろいろな話を聞いた。
いつかベトナムに帰って、母国のために何かしたいのだと言う。
そして日本がもっと南にあれば、インドシナの情勢が良くなるそうだ。
車窓の風景などほとんど見ずに、汽車はドレスデンに到着した。ここは戦争の際に1日で爆撃のために壊滅した街である。真新しい建物が多い。彼はこのままベルリンへ向かい、オスロに帰るそうだ。アジア人同士として硬い握手をして、別れた。
ドレスデン駅は真新しい建物であった。降りた駅のホームでは鳩がいた。鳩と戯れた後、駅の掲示板を見に行くと、3分後にフランクフルト行きの汽車が出るとのこと。
RUN!OKUSAMA!RUN!
本日二回目のダッシュ
なんとか間に合った。
普通に考えれば適切な乗り換え時間であるのだが、DB(ドイツ国鉄)は我々のハトと遊ぶ時間までは考慮してくれていなかったようだ。
東独から西独へと大移動した我々がフランクフルトアルマインに到着したのは夜7時であった。ちなみにドイツにはフランクフルトが2箇所あるため、いわゆるフランクフルトと呼ばれる大きい方はフランクフルトアルマインと呼ばれるようだ。もうひとつは忘れた。旅に出る前はフランクフルトといえば、ほっかほかの湯気が出た香ばしい香りがする皮はパリッとしていて中がフワフワのアレしか思いつかないのであるが、レストランで「フランクフルトを食べたい」と言うと、「お前!!我が都市を食べたいとは!!さてはお主我が国ドイチュランドに潜入しているスパイだな!!このニンジャめ!!」と言われるかもしれない。(ウイーンのタケシさんによると、欧米では忍者は日本のスパイとされているそうです。)「ハンブルク」とかも気になる地名である。クラーク亭と同じ香りがする。ペロリ。
はじめ、フランクフルトなんとかという駅に着いたが、乗客はほとんど降りなかったため、
「皆の衆、ここはフランクフルトHbf(中央駅)ではないのだな!苦しゅうない、余も皆とともにHbfへ行くとしようぞ!」
とゆったり構えていると、
結局中央駅には行かず、フランクフルト空港に着いた。そして全員降りた。
「はかったな!わしを空港行きに乗せるとは、さては皆よそものであるか!」
フランクフルト空港が世界有数の規模の空港であることは後で知った(泣)
S-Bahnというローカル電車で市街地に戻り、中央駅にたどりついた。宿はあらかじめ文明の利器、インターネットで事前に予約していたのだが、予約した宿の名前も場所もわからないという初歩的ミスのため、宿探しならぬネットカフェ探しをするハメになった。ロンプラに載っていたネカフェに行くと、店主が流している音楽がExoticであった。聞いてみると、パキスタンの音楽で、彼はパキスタン人らしい。自分は友人の影響で現在イランの音楽をよく聞いているのだが、パキスタンについては行った事もないので話は広がらなかった。
地下鉄に乗って到着したHotel Central Frankfurtは駅前や街の中心街から少し離れた名前負けするホテルであった。
レセプションに登場したのはLeeさんという人当たりのよさそうな韓国人のおじさんであった。予約してある旨を伝えると、彼はばつの悪そうな顔をして予約が明日からになっているという。そのかわり、彼が別の宿を探してくれるとのこと。
電話で彼が知り合いの宿に空きがあるか聞くと、ことごとく世間話を電話の相手にふられて、彼はいちいちそれに付き合っていたので、とても時間がかかった。10軒くらい電話をしたのち、ようやく動物園前のホテルに空きを見つけた。
Leeさんの車はメルセデスであった。ドイツではタクシーもかなりの確率でメルセデスである。「ドイツではベンツは安いのか?」というありがちな質問をしてみたが、やはりドイツでも高いらしい。
動物園前のホテルはLeeさんのホテルより高かったが、彼らのミスであるので差額は払ってくれるとのこと。宿は久しぶりにホテルという感じのところであった。
いいホテルに泊まると、快適な睡眠が約束されるのであるが、「このまま寝てしまうのがもったいない」という貧乏根性が出てしまう。かといって起きていても何もないのであるが。
(ちなみにいいホテルと言っても、一泊25ユーロが35ユーロになっただけであり、それでもまだ西欧最安クラスである)
朝までグッスリンコの我々を翌朝Leeさんが迎えにきてくれた。
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