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2008年9月

2008年9月30日 (火)

フィンランドの親友

ドイツも終わり、22カ国目となるフィンランド(ヘルシンキ)へ飛行機で一っ飛びairplane

初めはフェリーでの移動を考えていたけれど25時間も船に乗る・・・・しかも、キャビン(個室)は高いからソファ席で・・・考えるだけでも「おぇ~」って感じ。←クロアチアの悪夢甦るshock

フィンランドといえば、職業柄・・・「世界で最も虫歯率が低い」・・・というのが第一に頭に浮かびます。それと美しい湖と森shine

でも福ちゃん曰く、「それだけでは無~い!!フィンランドはねぇ、サンタさんとムーミンがいる、とっても可愛い国なんだよ!!」

らしいです!世界で唯一本物のサンタクロースがいて、日本でもおなじみのムーミン発祥の地なのですsign03

さらにさらに、エジプトにいた時同じツアーで友達になった、A..・J &ELINA のフィンランドカップルが私達が訪ねて行くのを楽しみしてくれているのですheart02

ヘルシンキの空港からゲートをでると二人がニコニコ手を振っている paper わざわざ車で迎えに来てくれた~!なんて親切なのup

とりあえず2人のお家におじゃまして、2時間くらいおしゃべり♪エリナの手作りブルーベリーパイをご馳走になったりしたcafe

そしておもむろに戸棚から出したのは、紛れも無い‘’キシリトールガム‘’!!

「おぉ!!やっぱりフィンランド人はキシリトールガムを日常的に取り入れているんだぁ!」・・・と感動~~ happy02 (日本のコマーシャルは嘘じゃ無かった!)

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フィンランドでは水道水にもフッ素が入っているらしい。私も飲んでみたけど、味は普通の水でした。(長年小児歯科に勤務して、毎日のようにフッソ塗布していたので実に興味深い。)

ファミレスで食事中、「最近フィンランドでは若者の間で日本ブームなんだよ~」っていうので、その若者達に流行の店を見に行ってみた。

「えっつ?!こ、これは・・・・俗に言うゴスロリ??!」

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そう、フィンランドの若者に流行っている、キティちゃん、トトロ、キキララ、・・・・・ゴスロリ。不思議なものです。

ヘルシンキにはたった1日で明日にはRovaniemi という街に移動。でもまた最後にはヘルシンキに戻る予定bus

夜、ホテルまで送ってもらい、「来年か再来年か必ず日本に会いに行くよ!」・・・と約束して、固い握手とハグweep 大好きな二人heart04

次の日早速AJからメールが・・・・「ヘルシンキに戻る日また少し会いたいなぁ♪」とのこと。彼らにもめっきり気に入られてしまった(喜)

もちろん会う約束をしました~scissors

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イタリアに継ぎ、遠い遠いフィンランドの国にも最高の親友が出来ちゃったsign03本当に嬉しいsign01

日本を出る前は英語も全然ダメだし、人見知りする私が異国で友達なんて絶対出来ない!と思ってた。

でも旅も、おかげさまでもう半年ですhappy01いろんな国でいろんな国の人と出会いましたnote

何とか、ゲリラ英語だけどおしゃべりしています(笑)

外国人だけじゃなく日本人の方にもたくさん出会いました。こんな広い世界で誰かと出会うのは偶然とは思えないsign03

こういう瞬間、今更だけど‘私にとっての旅の目的って、こういった所にあるのでは smile ?’と思います。

あと半年。これから更に何処でどんな人と出会う事が出来るのか・・・とても楽しみup

mana

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2008年9月29日 (月)

ドイツ~ベルリン

ミュンヘンからベルリンへ約6時間の列車移動。またしても宮崎ジブリの「魔女宅」・「もののけ姫」を見てしまった。多分もう旅に出てから5回目くらい・・・。(皆はもう新作の「ポニョ」とやらを見たのでしょうか?)

ベルリンといえば、第一に浮かんでくるのは‘’ベルリンの壁‘’だと思います。

1961年に旧東ドイツによって建てられて、以後28年間もの間、東西分裂しつづけた壁。歴史の授業で習ってはいたけど、もうすっかり取り壊されたものと思っていた。

小さい頃に壁が壊される時のテレビ中継を見たのを覚えていますflair

東西の分岐点にはずーっと違った色のブロックが埋めてあり、それを辿ると今なおベルリンの壁が壊されずに残っているのを見ることができますeye

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壁の圧さは思ってたより薄くて、壁越しに話もできそうなくらいだけれど、当時は近づくだけでも命取りになってしまう・・・・憎っくき壁。

それでも東側から西側へ逃げるために、ありとあらゆる方法で脱出に成功した人たちもいる。例えば、熱気球・改造自動車・逃亡用トンネルなどsign01

その数は実に5千人。見つかればモチロン処刑されてしまう。

こうした逃亡技術の数々が展示されている‘’壁博物館‘’が近くにあります。そのすぐ隣には、有名な‘’チェックポイント・チャーリー‘’(東西両陣営の対立を象徴する検問所)が見えます。

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映画好きの私としてオススメなのが「善き人のためのソナタ」という映画です。当時の緊迫した様子が良く分かると思います。興味のある人は是非movie

それと、もう一つ。

ヒトラーを党首としたドイツの政党 ‘ナチ党’

そのナチスによって行われたユダヤ人大虐殺・・・は歴史の苦手な私でもよく頭に入っています。

ポーランドのアウシュヴィッツ収容所が有名ですが、ベルリンにも‘ザクセンハウゼン博物館’という、当時の強制収容所があります。

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中には強制労働棟、人体実験室、ガス室・・・と、実際に使われていたものが展示されている。何も罪のない10万人ものユダヤ人がこの場所で犠牲になった・・・・

恐ろしくて信じられないけれど、本当この場所で行われたことなのです。

ベルリンの中心地には「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」という施設(博物館)もあります。

ベルリンの壁、収容所など、実際目の当たりにすると、何とも言えない時代の悲惨さを感じて悲しくなりましたがdespair、教科書や映画の中だけの世界ではない・・・ということを改めて学ぶ事ができて、本当に良かった。

色々見所が沢山のベルリン。歴史の勉強をもう一度しっかりして、また来たいなぁと思いますpig

 

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2008年9月27日 (土)

ドイツ(ミュンヘン)のオクトーバーフェスト

「世界中の旅人達の憧れ」・・・・ドイツ(ミュンヘン)のオクトーバーフェストflair

ミュンヘンに到着したのは午後4時頃。駅には何故か超ラブリーな服装の女の人やvirgo、メルヘンチックな服の男の人がチラホラ・・・notes

「そっか、ここはドイツだから民族衣装を皆着ているのね」・・・・.。flair

ちがーうcatfacesign03 それはドイツ最大のお祭り‘’オクトーバーフェスト‘’が開催されているからです。

日本なら花火大会の日に浴衣を着るようなもの。

まぁ、いうても札幌ビアガーデンが大きくなったような感じかな?  と思っていたけど会場に着くなり・・・・!!(゚ロ゚屮)屮

「えぇ~?!」「うそ~?!」「なにこれ~?!」

と言ってしまうほど凄い光景。 まるでテーマパークcoldsweats02shineディスニーランドに来たのかと思った。1年に一度9月から10月にかけて行われる。

普段は何も無い公園に、仮設で作られる会場。こんな遊園地が仮設で作られるなんて信じられないsign03

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しかも遊んでいるのは99%大人・・・。

170年もの歴史を誇る、このオクトーバーフェスト。過去に2度だけ中止になったことがある。(伝染病と第二次世界大戦)

このお祭り、一番の目的はビールbeer を飲む事かしらcoldsweats01 なぜなら出てくるビールは全て1ℓサイズsign03

こんなの初めて飲んだ~sweat02ジョッキが重くて片手でもてない・・・beer それと、ビールと一緒に注文する定番のプレッツェル~(これもデカイよ!!)heart02

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何社かのビール会社が巨大なテントをビアホール会場にしていて、中には民族衣装を着た人達がビッチリ!!そして、ビール片手に歌ったり、踊ったり・・・( ゚д゚)ポカーンsweat01

座る席をゲットするのは相当ラッキーな会場。(私達は雨の中2人傘をさしながら乾杯。)

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フランクフルトの時点では、「ドイツの人は寡黙で紳士な人達だなぁ・・・」と思っていたけど、ここで見えるのは「大きな子供達」・・・といった感じですcoldsweats01

もう2度と見ることはない、貴重な体験でしたshine

 

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2008年9月25日 (木)

プラハからフランクフルトへ汽車の旅

プラハの宿のドミ仲間と別れ、我々はドイツ行きの記者に乗るためプラハHlavi駅へ向かった。

 

 チケットは前日に入手していたので、あとは優雅に列車に乗り込み車窓から中欧の風景を楽しむはずであった。駅の掲示板にドイツ行きの表示が出るのを待つが、一向に出ない。チケットは列車指定ではなく、ただの区間チケットであったため汽車の表示は書いていない。あとはチェコ語。チェコ語といえばアホイしか知らない自分がこのチケットを読みこなすのは、やっとパパママと言えるようになった赤ん坊がこち亀を全巻読破するのに等しい。列車出発20分前になっても表示されないため、不安になった。

 

 駅員に聞くのがファーストチョイスであるが、ここチェコはインフォメーションでさえなぜか英語が通じない国である。おまけにとても愛想が悪い。ブルノでメンデル博物館への行き方を駅のInformationで聞いてみたところ、「No English!」と言われたことがある。英語が通じないのはいいとしても、英語で「Information」と表示するのはとても紛らわしい。日本食が恋しくなって、やっと見つけた日本料理店に入り「こんにちはー!」といったところ、「○×@@&%$×~=○#$%&!」と言われるか、中東ですごく親切な人に会って旅先の出会いはいいものだと思っていると、最後にお金といわれるくらいの残念感だ。

 

 セカンドチョイスは他の旅人に聞く事であるが、なぜかこの駅には明らかな旅人があまりいない。全員中欧~東欧系に見える。

 

ユーレイルパスを買う時におまけでもらったしょぼい時刻表をもう一度見てみる。よく見てみると、駅の名前がHolesoviceとなっている。もうひとつの駅だ。

 

奥様のご機嫌をうかがいながら、高倉健のように渋く、

 

「どうやら、ドイツ行きの列車はもうひとつの駅から出るようだぜ、奥さん」

と言ってみる。

 

林家ペーパーのように、

「アイヤー、オイラ達まちがって別の駅にきちまったよー、アハハハハ!カシャ、カシャ!」

 

田中義剛風に

「あら?!こらちがう駅だべや?!まいったなこりゃ?!」

 

と言う選択肢もあったのだが、

どうやら温度差がかなりあるようだ。

 

「奥様!撤収だ!てててっしゅ~う!」

 

一時間前には、宿の前でさわやかに他の旅人と別れた我々であったが、

重いバックパックを背負ってプラハの駅を全力で走るハメになった。

 

なんとか地下鉄に乗り、もうひとつの駅にたどりついた。発車5分前である。席の予約がないジプシーなわれわれを拾ってくれたのは、なんとベトナミーゼであった。

 

我々のベトナムに対するイメージとしては

60% ボッタクリ

20% ホーチミン、戦争

10% ハロン湾

10% ベトナム料理

と、ベトナム人とまともに話す機会が無いくらいボッタクリが強烈な印象に残ったのである。

 

彼の名はホアン。

北ベトナム出身で、一家がクリスチャンであったため南ベトナムへ逃れ、ベトナム戦争の際に難民ボートでインドネシアへさらに逃れた。そこで基礎教育を受けたのち、UNの協力でノルウェーの大学へ入学してITを学び、オスロで現在IT会社を経営しているという、「人生、いつみても波乱万丈」に出てきそうな経歴の人であった。

ベトナムでのベトナミーゼとの会話は99%値段交渉であったため、初めて普通の人と話すことが出来た。

彼からベトナムについて、中国、アメリカや周辺国との関係、経済、教育などいろいろな話を聞いた。

いつかベトナムに帰って、母国のために何かしたいのだと言う。

そして日本がもっと南にあれば、インドシナの情勢が良くなるそうだ。

 

車窓の風景などほとんど見ずに、汽車はドレスデンに到着した。ここは戦争の際に1日で爆撃のために壊滅した街である。真新しい建物が多い。彼はこのままベルリンへ向かい、オスロに帰るそうだ。アジア人同士として硬い握手をして、別れた。

 

ドレスデン駅は真新しい建物であった。降りた駅のホームでは鳩がいた。鳩と戯れた後、駅の掲示板を見に行くと、3分後にフランクフルト行きの汽車が出るとのこと。

 

RUN!OKUSAMA!RUN!

 

本日二回目のダッシュ

なんとか間に合った。

普通に考えれば適切な乗り換え時間であるのだが、DB(ドイツ国鉄)は我々のハトと遊ぶ時間までは考慮してくれていなかったようだ。

 

東独から西独へと大移動した我々がフランクフルトアルマインに到着したのは夜7時であった。ちなみにドイツにはフランクフルトが2箇所あるため、いわゆるフランクフルトと呼ばれる大きい方はフランクフルトアルマインと呼ばれるようだ。もうひとつは忘れた。旅に出る前はフランクフルトといえば、ほっかほかの湯気が出た香ばしい香りがする皮はパリッとしていて中がフワフワのアレしか思いつかないのであるが、レストランで「フランクフルトを食べたい」と言うと、「お前!!我が都市を食べたいとは!!さてはお主我が国ドイチュランドに潜入しているスパイだな!!このニンジャめ!!」と言われるかもしれない。(ウイーンのタケシさんによると、欧米では忍者は日本のスパイとされているそうです。)「ハンブルク」とかも気になる地名である。クラーク亭と同じ香りがする。ペロリ。

 

はじめ、フランクフルトなんとかという駅に着いたが、乗客はほとんど降りなかったため、

 

「皆の衆、ここはフランクフルトHbf(中央駅)ではないのだな!苦しゅうない、余も皆とともにHbfへ行くとしようぞ!」

 

とゆったり構えていると、

 

結局中央駅には行かず、フランクフルト空港に着いた。そして全員降りた。

 

「はかったな!わしを空港行きに乗せるとは、さては皆よそものであるか!」

 

フランクフルト空港が世界有数の規模の空港であることは後で知った(泣)

 

S-Bahnというローカル電車で市街地に戻り、中央駅にたどりついた。宿はあらかじめ文明の利器、インターネットで事前に予約していたのだが、予約した宿の名前も場所もわからないという初歩的ミスのため、宿探しならぬネットカフェ探しをするハメになった。ロンプラに載っていたネカフェに行くと、店主が流している音楽がExoticであった。聞いてみると、パキスタンの音楽で、彼はパキスタン人らしい。自分は友人の影響で現在イランの音楽をよく聞いているのだが、パキスタンについては行った事もないので話は広がらなかった。

 

地下鉄に乗って到着したHotel Central Frankfurtは駅前や街の中心街から少し離れた名前負けするホテルであった。

 

レセプションに登場したのはLeeさんという人当たりのよさそうな韓国人のおじさんであった。予約してある旨を伝えると、彼はばつの悪そうな顔をして予約が明日からになっているという。そのかわり、彼が別の宿を探してくれるとのこと。

 

電話で彼が知り合いの宿に空きがあるか聞くと、ことごとく世間話を電話の相手にふられて、彼はいちいちそれに付き合っていたので、とても時間がかかった。10軒くらい電話をしたのち、ようやく動物園前のホテルに空きを見つけた。

 

Leeさんの車はメルセデスであった。ドイツではタクシーもかなりの確率でメルセデスである。「ドイツではベンツは安いのか?」というありがちな質問をしてみたが、やはりドイツでも高いらしい。

 

動物園前のホテルはLeeさんのホテルより高かったが、彼らのミスであるので差額は払ってくれるとのこと。宿は久しぶりにホテルという感じのところであった。

 

いいホテルに泊まると、快適な睡眠が約束されるのであるが、「このまま寝てしまうのがもったいない」という貧乏根性が出てしまう。かといって起きていても何もないのであるが。

(ちなみにいいホテルと言っても、一泊25ユーロが35ユーロになっただけであり、それでもまだ西欧最安クラスである)

 

朝までグッスリンコの我々を翌朝Leeさんが迎えにきてくれた。

 

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2008年9月23日 (火)

20カ国目~チェコ

20カ国目~おとぎの国・・・チェコshine

ウィーンで日本食(サトウのごはん・レトルトカレー・味噌汁の元)をゲットして、更にバックパックが重くなった私達coldsweats01

そして20カ国目となるチェコのプラハへとやってきました!チェコといえば、ヨルダンで出会ったダニエル先生を思い出します。(←※ブログのヨルダン参照してください)

プラハは全市が丸ごと世界遺産に登録されている、それはそれは美しい街shine ルネサンス・ゴシック・バロックなど、さまざまな時代の建築様式を見ることが出来るのですflair

イタリアのローマに似ているようで、またちょっと違う。

この日はドミトリー(相部屋)で予約していた宿へ。4人部屋で、私達2人と中国人の男の子‘トーマス’君と、日本人の女の子‘麻郁’ちゃん。

彼女は10日間のお休みでイタリアとチェコを一人旅している、とても可愛らしくて面白い女の子virgoちなみに私と同じ歳。

もう夜も遅いので今夜は3人でごはんを食べに行くことに。「歩き方」に載っているレストランrestaurantへ。

店に入る前から何やら楽しげな音楽と、大賑わいupupのお客さん達・・・。それに入り口では席が空くのを待っている人が並んでいる。

予約していないからダメかなぁwobbly?と思っていたら3人分の席が奇跡的に空いていてスンナリ着席。ラッキーscissors

席に着くと、「当然ビールね?」くらいの勢いででっかいジョッキ beerbeerbeer がテーブルにsign03そしてアコーディオンとヴァイオリンを演奏してくれるおじちゃん2人組noteごはんもマジでおいし~いrestaurant

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私達が日本人と分かると「さくら」 ・ 「上を向いて歩こう」など、ジャパニーズソングを演奏してくれたりするhappy01

こんなサービスがあるもんだから観光客に大人気!(日本の忘年会より凄い盛り上がり)

チェコは、ビールでも有名らしくて、国民一人当たりのビール消費量はなんと「世界一!!」なんだとか。皆知ってた??←福ちゃん調べより

(たしかに、平日の昼間だというのにカフェにいる人たちは皆コーヒーじゃなくてビールを飲んでいたような・・・?)

ビールが苦手なはずの麻郁 ちゃんもこの場をかりて「ビール好き宣言」☆本当に美味しいheart04

やっぱり遠い異国の地で日本人と会うのはなんだか「ホッ」とする。しかも旅人同士だと行動パターンも似ているので話も弾みます。

次の日は早速プラハの目玉、プラハ城へ。

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プラハ城は世界で最も古くて大きいお城!(ギネスによる)城内には観光できる建物がいくつかあって、中でもゴシック様式の‘聖ヴィート大聖堂’は本当に凄い!

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高い天井と、大きなステンドグラスが何枚も飾られている。中から見ても、外から見ても美しい大聖堂ですshine

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それと、私的にお気に入りなのが「黄金の小路」と呼ばれる道。小さなお店が沢山並んでて、超かわいいheart02雑貨屋さんがいくつもあるのですsign01

プラハは巨大なテーマパークに来ているような気分になりますup

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3日目はプラハ国立博物館へ。

こんなに沢山の虫の標本や、動物の剥製をみる事が出来るのはなかなか無いと思います。何故か化石好きな私には、非常に興味深くて面白かったsmile

旧市街を歩いていると、とてもそそられるヌイグルミを発見lovelyモグラの「クルテク君」☆クルテク仲間たち・・・はチェコの国民的キャラクター。皆さん知っているかな?

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「チェコも今日でおしまいだから」って、そのクルテクのウサギちゃんを買って貰っちゃいましたheart04

福ちゃんはネズミだって言うけど、これはウサギです。間をとって、名前は「うさみ」ですhappy01

チェコでも、また新しい出会いもあって、3日間しか無かったけど毎日楽しくて満喫できました~scissors麻郁ちゃんお仕事頑張ってねぇ~happy01

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2008年9月20日 (土)

音楽の都ウイーンでタケシに会う

夜行列車で到着した初日は雨も降っており、

宿を探してチェックインすると、スーパーで食料を買って

ネットカフェに行き、後は帰って寝た。

 

ウイーンの第一印象は「音楽の都」というより、

共産圏への入り口のような印象を受けた。

 

 

ただ、それは「シンドラーのリスト」に出てくる

人々に似た人々や、同じような建造物のためである。

オーストリアがヒトラーの出身地というのも。

しかし、一番の理由は、寒いから。すいません。

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最初に泊まった宿。わかりにくい。隠れ家的魅力か?

 

翌日は違う宿に移動して、

さあ宮殿でも見に行こうかなと、

トラムに乗ると、隣の席に東洋人男性が座っていた。

 

他の乗客が切符の買い方を彼に聞くと、

親切にも運転手のところまで行って教えてあげていた。

 

英語もドイツ語もしゃべってるし、ジャパニーじゃないんだろうなぁと、

思っていると、

 

車掌が歩いてきた。

 

切符のチェックをしてるんですかと親切な彼に英語で聞くと、

「はい、そうですよ」

 

ジャ、ジャパニーだ!!

 

世間話のついでに、音楽会のチケットについて聞いてみると、

ちょうど彼も納豆を買いにいくところで、同じ方向なので

教えてくれるとのこと。

やはり親切だ。

 

コンサートホールのチケット売り場ではいろいろと教えてくれた上、

買う時もドイツ語で交渉してくれた。

 

ちなみに、自分も大学時代はドイツ語をとっていたので、

本当はちょっとだけ話せるのだが、

オーストリア人相手に何度か使ってみたところ、怒涛の勢いで

「ペラペーラ、ペラペーラ」とドイツ語のマシンガンの前に

討ち死にした。

それ以降は恥ずかしながら「英語を話しますか?」しか怖くて使えない。

ドイツ語を習っていたなどとは口が裂けても言わない。

 

チケットを手に入れると、

「納豆を買いにいく」という、非常に魅力的な予定を持っていた彼

半ばムリヤリついていった。

 

たとえ、ニューデリーで「納豆を買いにいく」というインド人に

出会っても、多分付いて行くだろう。

 

行き先は大抵インチキ旅行会社だが。

 

日本屋というショップはすぐ近くにあり、

そこで、

・サトウのごはん×2

・納豆×3

・デカ王

・かけそばでっせ

・インスタントみそしる

・レトルトカレー

を購入した。

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すごい勢いで御入店のタケシさんとマナミ

 

ちょうどお昼だったので、

隣のオニギリ屋でランチをご一緒することに。

 

彼の名前は「タケシ」さんで、

ウイーン大学の博士号過程とのこと。

 

何という偶然!

このウイーンのトラムで、隣に座ったのが、

同じ名前の日本人で、

どちらも理系の大学院生だなんて!

 

しかも彼が親切でなかったり、

納豆を買いにいく途中でなければ、

こんな素晴らしい出会いはなかっただろう。

 

彼はその後、青空市場のようなところに連れて行ってくれた。

ワインやチーズのことは何も知らない我々に彼は色々と教えてくれた。

Sturmという、秋にしか出回らないワインの一歩手前のお酒が

店頭には売っており、買った。

こっちの店には無数の種類のチーズが売っているのだが、

我々が見ても違いがまったくわからなかった。

そこで彼が色々と説明してくれ、彼のオススメを買うことにした。

 

そして、我々は最近栄養が偏っているから薬局に行って

マルチビタミンを買いたいというと、

薬剤師でもある彼は一緒に行って、店の人に

ドイツ語で話をつけてくれた。有難い。

 

それから、彼のオススメカフェに行くことにしたが、

納豆やカップラーメンの入った買い物袋を下げて

ウイーンの中心部を歩くのもどうかということになり、

一度それぞれ荷物を置く事にした。

 

彼の部屋も見せてもらった。

Studentenheimと書いてあったので、学生寮のようなものだろうか

他の人と部屋をシェアしているようだ。

同室の人は皿を洗わない主義らしい。

文化の違う人と住むのは大変だ。

ドミトリーで数日一緒でも大変なのに、毎日だと大変だろう。

 

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うちらの宿より快適(泣)

それからカフェへ。

ケーキを食べたが、激ウマ!!

試食にもらったチョコも激ウマ!!

 

さすがにオーストリア・スイスあたりはチョコがものすごくウマイ。

 

「まだ全種類のケーキを食べたわけじゃないんですけどね。」って

全制覇する気ですか?!

先ほどのチーズといい、やはり理系の研究者たるもの

とことん追求なんですね。

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モーツァルトケーキ、超ウマの介

 

それからウイーンのゴミ処理場を見学した。

ウイーンの街にはいわゆる分離派、世紀末芸術家による建造物がある。

このごみ処理場は上海のアレにも似ている。

あれにも一種の世紀末は感じられるわけだが。

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これを建てさせるとは、さすがウイーン。

 

ウイーン大学の研究室も見せてもらった。

彼の所属する動物学科はかなり名門のようであり、

いろいろと面白い展示がたくさんあった。

帰国後には同様の研究生活が待っている自分には

とても参考になった。

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ハンスモーリッシュのトルソがこんなところに!

 

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世界中で、みんな日々頑張ってるんですね。

タケシさんとは何だか数年来の友人のようであった。

 

彼と別れ、宿に戻って夕食をとった

本日の夕食は

サトウのごはん1に対して納豆3パック、さらにデカ王。

 

という、モーツァルトを聴きに行く前に

あまりにも強力なディナーとなってしまった。

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演奏会の場所はMusikverein Golden Saalというところであった。

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クラシックを聞きに行くにあたって、一番気にかけていたのは

服装である。

 

日本で札フィルを聞きに行く時も

大体スーツを着ている。

 

我々がマキシマムにドレスアップしたところで、

靴はスニーカー。

 

旅立ち当初はフォーマルな場所への出席を考慮して

襟付きシャツなども持っていたが、

数ヶ月間日の目を見ることなく、本国へ送還された。

 

かつて同じ悩みを持ったことがあった

マカオのカジノだ

 

あの時は中国人たちの前向きさに勇気付けられた。

 

今回、服装については誰に聞いても

「絶対大丈夫」

と聞いていた。

 

で、会場に行ってみると

 

3分の2の人はそれなりにきれいな格好。

それ以外は普段着。

 

よかった。

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案内の係員は殆ど親切な人であったが、

一名だけすごく感じが悪い人がいた。

 

イタリア、スイスにはいなかったが、

オーストリア、この後のチェコでは

100人に一人くらいの確率で遭遇する。

 

オーストリアもチェコも街で出会う一般人は

大体みんないい人である。

しかし、稀に遭遇するごく一部の人によって

大きなマイナスイメージがついてしまう

 

我々東洋人はこういう場合、もしかして人種差別か?!

と、考えることもあるかもしれない。

しかし、欧米人たちも同様の目にかなり遭っていると聞いた。

 

旅先で、「日本に行ったことがある」

という色々な国の人によく会う。

 

彼らの感想はどれもすばらしいというもの

(社交辞令かもしれないが)であったが、

「日本人が素晴らしい!」

という感想をよく耳にする。

 

その理由は

礼儀正しい、親切など、いろいろあるが、

 

これほどまでに高く評価されている国民は

聞いたことがない。

 

いい国にっぽん。

 

話をもどす。

 

我々の席は二階のバルコニー席であった。

このあたりの席の人たちは殆ど普段着。

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オーケストラが入ってきた。

全員モーツァルトの格好をしているというだけで

300%ツーリスティックである。

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そうか!これは堅苦しい演奏会ではなくて

エンターテイメントなんだ!

 

曲目は大体聞いたことのあるものだった。

しかもいいとこ取り。

 

演奏はさすがにウイーンで音楽で飯を食うだけある。

 

普段はツーリストだらけの場所があまり好きではないのだが、

逆転の発想で今回はすごく楽しむことができた。

 

帰ってワインとチーズを楽しんだ。

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甘酸っぱくて、ウマイ!

 

今日一日はこの一言に尽きる。

タケシさん、ありがとう。

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2008年9月18日 (木)

いきなり冬か?!スイスイスー

ミラノ駅のホームからベルン行きの国際列車に乗り込むと、

乗客の服装がなんとなく違うようにカンジダ、いや感じた。

 

登山に行くように上下ウインドブレーカー、ブーツ、マフラーと、

 

ちょっとちょっと、これは汽車ですよ!それとも何ですか、

でかい荷物もったまま直(ちょく)で登山するのですか?

 

前日の夜はイタリア人とTシャツ短パンサンダルでイエーイだった

我々は今日も同じ格好だ。

 

汽車はアルプスを越えると、絵に描いたようなスイスの田舎が

ずっと続いていた。

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手入れされた芝生の上にポツンポツンと三角屋根の家。

その背後にはとんでもない急斜面の岩山が迫っている。

 

ミラノから5時間ほどで、スイスのSpiezという駅に着いた。

 

スイスでの一言目は

「イ、 イッツ、ベリーココールド(震えながら)」

 

雨も降っており、推定10度。

ホームでサンダルから靴に履き替える。

 

俺の短パンも着替えたかったが、スイスのハイジやクララに

ペーターの生着替えは刺激が強すぎるので、我慢する事にした。

 

汽車を乗り換えてインターラーケンへ

車窓の景色には田舎の風景に湖が加わった。

そこでさらに汽車を乗り換えてGrindelwaldへ。

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着くと、日本人の団体がいた。

そして、日本語観光案内所があった。

通りでは、通行人が話をしている。

 

「あら、奥さんこんにちは~」

「あらど~も、お出かけですか?」

「はい~、スーパーにお買い物に」

 

ゴシゴシ(めをこすり)

 

ここは日本か?

 

なぜかモンベルも。

店員さんは日本人(いい人)

 

高度1000メートルのここでは気温はさらに下がり、

短パンで歩いているのは俺一人だった。

 

宿は山小屋風で快適であった。

我々は4ベッドに二人で広々使えた。

他のドミトリーでは20ベッドという部屋もあったらしい。

そこまでいくと、

避難所生活のようである。

 

夕食はスイス名物チーズフォンデュ、ではなく

ベネチアの隣町メストレの中国スーパーで買った

中国のベストセラーカップラーメン康師傅赤色(涙)

 

翌日も天気がよくないため、

モンベルの店員さんに教えてもらった滝へいくことにした。

 

行きは山側を通っていく事にした。

登山電車はものすごい角度で登っていった。

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着いたKleine Scheideggは標高2061メートル。

この白い地面はまさか!

ギュッ

ちべたいーーー!!

かあちゃん雪だ!雪がつもっとるどーーーー!!!

P1080045

 

ここからさらに汽車を乗り換えると、最終的には

標高3454メートルTop of Europeこと

Jungfraujochというユネスコ自然遺産にたどり着くのだが、

 

短パンには2000メートルが限界であったので、

汽車で山の反対側に下り、バスに乗った。

 

まもなく、Trummelbachの滝入り口に着いた。

一見ただの岩山だが、ここは岩の中に滝があるのである。

アルプスの融水が造る滝はものすごい轟音と勢いであった。

写真では伝わりにくいが、すごかった。

P1080064

 

またバスに乗り、ゴンドラに2回乗りMurenという村に着いた。

村は霧に包まれ、誰も歩いていなかった。

地面の足跡の表示を辿ると、誰もいない駅に着いた。

博物館のような汽車には乗客は我々のほか1名だけであった。

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車窓から見えるのは霧。

この不安感は千と千尋の神隠しで最後に乗る汽車のようだった。

 

宿に帰ると、日本人の旅人に会った

サッカー用ウインドブレーカー、ジーパン、スニーカーで

6時間くらい山の中を彷徨ったらしい。

お疲れ様です。

 

翌日はインターレーケンから船でBrienzまで行き、

汽車でLuzernに行って、ちょっと歩き回り、

Zurichに移動して、また歩き回り、Wien行きの夜行列車に乗った。

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2008年9月14日 (日)

イタリア~トリノでの楽しい2日間

ブログを読んでくださっている方は知っていると思いますが、私達はトルコのイスタンブールで友達になったイタリア人カップルのIVANとEMANUERAにトリノで再会する事ができましたok

トリノ到着3日前に電話すると、「Ciao~!! Manami~~!!」「How are you??」と、例の超ハイテンションなのりで私達がトリノに行く事をとても喜んでくれているhappy01

そして更に「是非私の家に泊まってください」と言ってくれるのです!!なんて親切なエマニュエラ(≧m≦)

トリノに着くと、早速「ディナーを一緒に」と駅まで迎えに来てくれたイヴァン。

何処へ行くのかなぁ?・・と思っていると、なななんっと!イヴァンのママが私達の為にご馳走を作ってくれていると言うのですrestaurantshine

「信じられなぁあ~~い☆」こんな所でイタリアの‘’おふくろの味‘’が味わえるなんて~sign03

Buona Sera~」←「こんばんは~」と言ってイタリア流のご挨拶・・・・頬と頬を「チュ」と言いながら左右 くっつけあうup

ママはいかにもイタリアのママ といったかんじで超~笑顔で迎えてくれたheart02

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きっと、外国人なんて初めてで、しかも東洋の日本人が来たというので嬉しそう♪

机にはもうワイングラスとお皿が並べてあって、その美味しそうな臭いにワクワク気味の福田夫妻(・∀・)ニヤニヤ

ナポリからずっとイタリアを旅しては来たものの、安いピザばかり食べていたような・・・・(実際高いので、日本で食べるようなイタリアンを食べていなかった)

だからこんなサプライズは嬉しくってたまらなかったのです☆トルコでIVANが「イタリアンはお母さんの手作りが一番おいしい!」って言ってたし!!

こんなわけでこ~んなにステキなディナーを頂きましたshine

前菜(サラミ、ハムのサラダ)、ラザニア(チーズ、ベシャメルソース)、エッグプラント(ナスのオーブン料理)、サラダ(胃をキレイにする野菜)、インゲン豆の煮たもの。そして、しめくくりにはママ手作りのベリータルト☆とエスプレッソhappy02

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いちいち「キャー美味しい!!」と言いながらお腹い~っぱいになった私達scissors

IVANのママ(テレサ)に心からありがとうheart04

そして今夜はエマニュエラのお家へ泊めていただくことに。(2人とも実家なのです)

エマニュエラそっくりなパパとママとお兄さん☆皆さん本当に優しくてステキな方達lovely

イタリアの人達は親切・・・とは思っていたけれど、こ~んなに温かい家庭の雰囲気は日本を出てから約5ヶ月ぶり。

親戚のおばちゃん家に遊びに来ているような気持ち☆ どこの国も、お母さんっていうのは例え他人でも本当に温かいなぁあ~ ←癒されるdelicious

次の日、(2人とも仕事があるので)私達を街の中心まで車で送ってくれて1日市内観光することにしたrvcar

まだ時間は朝9時。昔の王宮の‘Piazzetta Reale‘・・・中に入りオールイタリア語のガイドさんと一緒に何人かで回る。昔の王族達の豪華絢爛な部屋をつぎつぎと見せてくれるcrown

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何を言っているか全く分からないけれど、昔日本から贈られた物だと言うのに、「ジャポネーゼ」と強く強調しているので何となく分かった(笑)

昼頃IVANが仕事を抜け出して一緒にランチを♪フォカッチャの美味しいお店に連れて行ってくれました。

これがまた絶品!!包んであるピザのような皮の中にモッツアレラチーズがた~っぷり。汁が出るほどにw(゚o゚)w激うまup

その後‘’Mole antonelliana‘’という大きなタワーへ。エレベーターで塔のてっぺんまで行く事ができる。

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しかもタワーの中は‘’国立映画博物館‘’になっているのです!映画好きの私にはたまらなく面白い!!約4時間、沈没しましたmovie

市内はやっぱりオシャレなイタ~リア。トリノはあまり観光客は来ないけれど、街並みはとても美しくて、私的にはミラノよりもGOODだとおもうheart01

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そんな中、日本の‘無印良品‘のお店を発見!!値段はもちろん輸入なので日本より高いけれど人気があるみたい。MADE IN JAPANだから・・・さすがです。

夜6時になりエマニュエラと待ち合わせして、今日のディナーはトリノの大型ショッピングセンターの中にある、カウンター式のイタリアンレストランrestaurant

見た感じは日本のラーメン屋や回転寿司のよう。だけどこの食通の2人のリコメンドとあらば美味しくないわけが無いsign03

2人に言わせると

 ボロネーゼなんてパスタは存在しないので食べるな!

 観光地のレストランは美味しくないし高い!おふくろの味が一番!

 サラダはオリーブオイル・塩・酢のみで食べる

・・・・・・だそうです。

ところでこのカウンター式のレストラン・・・その名も‘EATALY‘!!

オススメで注文したのは、小さいラビオリの中にひき肉が入っていてシンプルなソースで頂く‘’アニョロッティ‘’というパスタ(*≧m≦*)heart04

間違いなく、美味しかった~~!!日本に帰ったらアニョロッティを探し回ることでしょう!!

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こんな感じで、楽しかったイタリアも今日で最後となりました。

しかも締めくくりに最高の友達と一緒に過ごす事が出来て本当~に幸せ☆ 

IVAN と EMANUELA 大好きな2人heart02いつか日本に来てくれる事を約束して・・・mana

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2008年9月 9日 (火)

永遠の都ローマ、永遠のチョイ悪オヤジ

ローマに来た。

とりあえず、着いたのはトレビの泉というところである。

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ウム、美しい彫刻じゃないか。これはいつの時代の作家のものだい?

おや?マナミよどうして背を向けているんだい?

チャリーン!

まっまさか!それは

「トレビの泉に背を向けてコインを投げて泉に入ると再びローマに来れる」

というステューピッドスーパースティションではないか!!

なんとまあ、マンマミーア!

そんなベタベタのベタベタマンなことを罰ゲームでもなしにやる人がいるのかと思っていたが、こんなに身近に・・・・・

マナミ「はいコイン」

へっ?

バカやろう!!!(北野武風に)おいどんは道産子の日本男児ですたい!そげなことするわけなか!!坂本どん、帰っておくれやす!!おいどんは長州とは手を結ばんばい!!

という言葉を胸にしまって、

チャリーン(泣)

オレは足早に立ち去り、

これは家族サービスなんだと、言い聞かせた。

その後も、家族サービスのために

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顔の彫刻の口に手を入れたり(30分くらい並んだ)

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とある広場の階段に座ったりした。

本題に戻ろう。

ここローマでは、あるミッションがあった。

「病院に行くこと」

オレはヨルダンあたりから咳が出るようになり、トルコから左手と腕に湿疹が出るようになった。マナミはエジプトあたりから手足が痒い状態が続いている。

インド人の呪いかとも思ったが、

ずっと病院に行っていなかった。

中東の病院は何か不安であったし、

ギリシャでは何か古代のことをされそうだったからである。

ローマのInternational medical clinicという

なんとなく信用できそうな名前の病院をあらかじめ予約していた。

テルミニ駅という、テルミールミニのような名前の駅から歩いて、
予約の時間に病院の住所のところに行ってみるが、全然それらしきものは見つからない。インターナショナルクリニックという名前からして大きなところだと思っていたのだが。

偶然、駐在の日本人が通りかかり、教えてくれた。

「あぁ、そのクリニックならこの反対側にありますよ」

言われたところに行ってみるが、やはり看板ひとつ見つからない。

縁がなかったんだな。そう思い、ふとアパートの呼び鈴を見ると、

International medical clinic

小さいよ!!

そしてごく普通のアパートに入っていくと、

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ここは秘密の隠れ家系クリニックですか??

中に入ると受付のイタリア人おばちゃんがイタリア語で
なんとかかんとか
言っている。

あれ?ここはインターナショナルクリニックだったとおもったんだが。おかしいな?

そう思っていると、ヒューグラントをワルくしたような
チョイ悪オヤジが出てきた。

「まず、保険証を見せてくれ」

「問診表を見せてくれ、え?書いていない?まあいいや」

「君は湿疹だね、俺は内科医だから皮膚のことはわからない

あれ?予約の時から湿疹だって言っていたんですが・・・

「ドントウォーリー、今日の診察はキャッシュレスで大丈夫だ」

俺のウォーリーはお金でなくて体なんですが・・・

「咳は気管支炎だね、薬を出しておく」

「薬は薬局だから、キャッシュレスとはいかないんだ。でも領収書があれば日本に帰ってから請求できる。」

「湿疹は友人の皮膚科を紹介するからそこで診てもらって」

「その紹介先もキャッシュレスで受診できるから心配いらない」

と、チョイ悪ドクターの会話は半分以上保険とお金の話であった。

それは受付の仕事だと思うんですが・・・

一度宿に帰ると、電話がかかってきて、皮膚科医の住所を教えてもらった。

トリマルコ先生というちびまる子のような名前だ。


さっきのドクターはちびまる子というよりは花輪くんだ。まてよ、花輪くんの友人ドクターだからちびまる子なのか!まさか外科医に「丸尾くん」がいるとか・・・・患者の立場としては「たまちゃん」のようなドクターがいいのだが。まちがっても「はまじ」はお断りしたい。「としこちゃん」ならいいが、「野口さん」はだめだ。

とりまる子先生のクリニックはVia Poという中心街から少しはなれたところにあった。
それにしてもこのローマの街は何処まで行っても古い街並みが続く。ローマは1日にして成らずという言葉も納得である。

とびまる子先生のクリニックもやはりアパートの一室であった。きっと、隠れ家系診療室がイタリアでは流行っているのだろう。

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入ると、Drトリマルコが迎えてくれた。

体格のいい、コロンコロンしたおじさんであった。

俺が症状のいきさつを話すと、

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・「フン」

(ワルい顔をしながら)「お前はラッキーだ。」

えぇっ?!病気でラッキーとはどういうこと??俺に診てもらえるからという自画自賛ですか??

「この病気はものすごく痛いことが多い。でもお前は痛くも痒くもない。だからラッキーだ。これはウイルス感染によるものだ。」

結局、帯状疱疹であることが判明した。

帯状疱疹なら内科医でも診断できると思うのだが。。。

とにかく、アシクロビルを内服開始することになった。

ドクタートリマルコにチョイ悪の処方箋を見せると、ことごとく「これはいらない、これもいらない」と、ダメだしをされた。

薬代だけで300ユーロ近くかかり、財布も痛かった。

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2008年9月 8日 (月)

ゴミの都ナポリを見て・・・

ナポリでは去年から国際ニュースになっている話題が一つある。

ゴミ問題である。

(詳しくは「ナポリ ゴミ」で検索して参考にしてください。)

大体こんな流れである。

市がゴミを処理できなくなった

処理できないので回収しないようになった

ゴミステーションからゴミあふれる

道路はゴミだらけ

住宅をたくさん造った

警察署の数がたりなかった

治安悪化

地価が下がった

というシムシティと同じレベルの社会問題である。

シムシティであれば、

「ふくだ市長!「マンマミーア!汚い街をどうにかしてくれ!」という苦情がナポリ市民から殺到しています。」

ということを有能な秘書が教えてくれて、

「さようであるか、では。。。」

「ドーーーン!!」(ゴミ処理場を建設した音)

「市長、ありがとうございます!」(住民の声)

3000ゴールドでも払えば思いのままにできるのだが、

現実では

ゴミの分別をめんどくさがったり、自分の街にゴミ処理場ができるのを嫌がるという

わがままナポリっ子のために、


ナポリターノ大統領の政策もなにもあったものじゃない。


エニウェイ、泊まっていた宿の前はこんな感じ

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おや?この通りは昨夜フェスティバルがあったのかい?

と思わせるほど、見事に散らかっている。

街中にゴミ箱をぶちまけたかのような悲惨さである。


ゴミステーションは

Dscf4900

ゴミの山


カプリ島の帰りに会った人に聞いたところ、
以前よりは大分良くなっているらしい。

夜な夜な重機の音が外から聞こえてくる。

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がんばれ!ナポリっ子!

「ナポリを見て死ね」という名言があるが、

これは

「都市、ひいては地球の環境保全のためには政府と国民が力を合わせるべきである。

その反面教師として一度ナポリの現実を見よ!」

という未来を予言した言葉かもしれない。

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2008年9月 5日 (金)

17カ国目~イタリア

なんて陽気なイタリア人delicious

クロアチア(ドブロクニク)での2日間も終わり、綺麗なアドリア海を眺めながら次の国‘イタリアへと向かうフェリーに乗っていたship

デッキ席(外のイス)しか空いていなかったけれど、 海は本当にキレイな青で、たまにカメさんが泳いでいたりする。風を切って走る船はとても気持ちのいいものwave

デッキの真ん中で手拍子と歌声が始まる・・・。イタリア人のおじちゃんがギターを弾き、その辺にいるイタリア人が 輪になり歌ったり踊ったり・・とても楽しそうnote

途中、日本人のおじさん・おばさんが個人旅行で同じ船に乗っていて、この旅の話や最近の日本の情報を教えてもらったり・・・・・と楽しいひと時を過ごしましたwink

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約8時間の船も快適に終わり、夜9時頃17カ国目のイタリア(バーリ)へ到着。

近くのユースへ行ってみると、同じく予約していないカップルが4組もせまいロビーに集まってきたnotes 私達は何とか今日泊まれることになり、他の2カップルは別の宿を照会されて行ってしまった。

部屋は4人のドミトリー。 シャワーを浴びて布団に入り皆寝に入った頃  sleepy・・・突然・・・

「ナターシャー!!」・・・・ impact と超でかい声で叫ぶ、向かいのアパートのおばちゃん・・sweat02

向かい合わせになっているベランダで、外で歩いているナターシャさんを呼び止めるおばちゃん。

その声はモロこっちの部屋に入ってくる。さらにナターシャを呼ぶ叫び声は3~4回続く・・・。

OH~!My GOD~!!」shockと泣き笑いの欧米人カップル。(可哀想に・・彼らは明日4時起きなのに)

時刻はもう夜中の12時。イタリアには‘シエスタ‘と呼ばれる、「お昼寝の時間」があり、だいたい午後2~4時の間は、殆どの店がオールクローズする。イタリア人はそのおかげで皆夜中までピンピンして起きているらしいsmile

わざわざ店を閉めてまでシエスタするなんて、日本では考えられない!!「順番に休憩すればいいのに~sign03」と言う日本人の意見多し。

次の日は、朝7時半発の列車でイタリアの台所・・・・ナポリへと移動しました。

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この列車の中でも、陽気なイタリアンは 「寝る」ということをしない。また何処かから歌や手拍子が始まり、大勢で何かを叫んだり、爆笑したり・・・と。

正直、「もう、いいよ・・・coldsweats01」という感じ。

ナポリは、イタリアの中でも特に治安が悪い と有名。引ったくりやスリが多いらしい。

それとナポリはファッションセンスのいい‘ちょい悪おやじ’風のかっこいいおじ様がたくさんいらっしゃる。

「さすがファッションブランドの国イタ~リア」

宿のおじ様もジェントルマン風の親切なおじさん。ヨーロッパに入ってからは南京虫の恐怖に怯える事もなく、キレイなシャワールームと自由に使えるキッチンが付いていることが多い。

その宿のおじさんの紹介で行ったピザ屋さん・・・Da Michele」 ダ・ミケーレ

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1870年にオープンして以来、昼・夜ご飯時には行列が出来るほどの人気店!ピザはマルゲリータかマリナーラの2種類。

皆は一人で一枚ペロリと食べているらしいけどとりあえず私達は1枚を半分にして食べることに・・・

「ん~!!うまい~~~!!」と思わず声に出してしまうほど美味しいsign03

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うすーい生地に、トマトソースとチーズとバジルの葉が1枚・・・のいたってシンプルなピザなのに、本当に美味しいheart04

「ナポリはピザ発祥の地」・・・そのナポリで一番と言われるダ・ミケーレは、イタリアで一番美味しいということ。

イコール「世界で一番美味しいピザ」を食べてしまった!!ということですね~

ヨーロッパで一番楽しみだったイタリア☆本場のピッツアはやはり絶品だった!大満足です。

ちなみに次の日もここへ行き、世界一を2度堪能しちゃいましたっrestaurant

ナポリ最終日は、フェリーに乗りカプリ島・・・「青の洞窟」

青の洞窟って聞いたことがある人も多いのでは?と思います。カプリ島に着いたら小さめのボートに乗り換えて洞窟の入り口まで行きます。

そこから更に4人乗りの手漕ぎボートに乗り洞窟へ入るのですが・・・

水面から約1メートルくらいの高さの孔から、波の引いた時にグイと入り込む・・・タイミングが悪いとびしょ濡れになったり頭をぶつけてしまう恐れあり。(波が高いときには入れない日も沢山あるんだとか)wave

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私たちのボートは何とか成功して洞窟内へ。 中は真っ暗なのに、ブルーの水に入り込む光が信じられないほど綺麗up

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本当にくて、自然に出来た色とは思えない

ボートのおじちゃんが陽気に歌を歌いだす。←けっこう上手いnote

2~3分後洞窟から出て小さいボートに乗ろうとするとおじちゃんが「チップを」と言うdollar

しかも二人で25ユーロ!!←(入場料より高いじゃんかannoy

当然2ユーロしか払いませんでしたbleah 歌を歌いだすおじさんの船はチップを高額請求してくるらしいので、日本人の皆さん気をつけてくださいねぇ(笑)

何はともあれ、青の洞窟は本当に神秘的できれいでした☆ナポリ最終日はピザの他にステキな思い出が出来ました♪

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2008年9月 1日 (月)

まなコラム

少し更新が遅れています・・・coldsweats01

イスタンブールから寝台列車に乗りギリシャ→クロアチア→イタリアへとやって来た私達。

そう、ついに憧れの地‘’ヨーロッパ‘’入りとなるのですsign03

蒸し暑くて蚊と戦った東南アジア、更に埃と泥と牛の糞まみれになる雨季のインド、逆に乾燥して全身カサカサになる位の砂漠地帯、危険だ!と言われ続けた中東bearing

半年前の私なら、想像もつかないような生活・・・

一年前は何をしていたかな??と考えると・・・

確か、ひたすらジムへ行き体を鍛えて、食べ物のカロリーを気にして、美白に努めていたと思う。・・・・・全ては結婚式のためにheart01

まさか一年後の結婚記念日を、リュックサック1つで、ギリシャで迎えることになるとは思わなかった~!!今は・・・

超キレイ好き⇒キレイ好き

色白⇒普通(やや黒め)

大好きな映画も見れないので、持参したジブリシリーズのDVDを何度も繰り返して見ているような私。

記念日と言えば(レストランで食事)とか想像しちゃうけど、ここはもうヨーロッパ!物価の急上昇のため、この日は小さいケーキを一切れ買ってきて、2人だけでお祝いしましたcake

時間が経つのは本当にあっという間・・・もうすぐ旅に出て5ヶ月になりますがおかげさまで夫婦仲良く、病気もせず、楽しく過ごしておりますheart04

優しく見守ってくださっているすべての方に心から感謝しておりますhappy01

武志&真奈美

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アドリア海の真珠、ドブロブニク

ギリシャのパトラから夜行フェリーでイタリアのBariに着いたその日に、クロアチアのドブロブニクへと夜行フェリーで向かった。

 

我々のチケットはデッキクラスという最安のチケットである。つまり、寝る場所は保障されていないということだ。

 

出国スタンプを押してもらったのち、寝る場所のある旅人たちは優雅にスーツケースを転がす中、全員デッキクラスのバックパッカー達は超早足で船に向かう。 

階段を登り、カフェのようなところにあった椅子に荷物を降ろして、

「フゥ、ソファではないが、まあいいだろう。」

と思っていると、周りのバックパッカー達が慌ただしく荷物を持って移動している。

 

「何事だ!皆の者、落ち着け!ソファーか?!まさかソファーがあるのか?!」

 

「奥様、撤収だ!てっしゅう~!」

 

階段を下りていくと、他のバックパッカー仲間が

「早く席を取った方がいいわよ!」と、教えてくれた。

 

扉を開けると、いくつものソファにバックパッカーたちが陣取っていた。

奥の一つのソファーがまだ開いていた。

 

そこにとりあえず陣取り、一人分のスペースしかなかったので椅子をくっつけて

90度の姿勢で寝た。

 

部屋はエアコンがついていたが、限度知らずの低温であった。

しかも、あろうことか、天井から水がポタポタ落ちてきていた。

だが、アドリア海に沈む夕日はきれいだった。


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・・・ともあれ、翌朝ドブロブニク到着。

 

港で宿の客引きのおばちゃんについていき、

SOBE(政府公認の貸し間)にチェックインした。

 

宿は親戚のおばちゃんちに泊まるような感じであった。

 

宿から歩いて旧市街へ。

 

旧市街の門に近づくと、観光客の多さに驚いた。

 

旧市街は城壁に囲まれていた。

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おめえら、どっから沸いてでたんだ?!

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素人写真でも、写真集のようなPhotogenicな光景である。

城壁に囲まれた中、オレンジ色の家々が密集していた。

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入場料が一人50KN(クーナ、1100円くらい)なので、

高かったが、階段を登り、城壁を一周した。

旧市街を出て、東の方に歩き旧市街を外から眺めた。

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アドリア海の青と城壁のグレー、屋根のオレンジ色が印象的であった。

翌日はSOBEの近くに泳ぎに行った。

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アドリア海の透明な海で最後の海泳ぎを楽しんだ。

ポルコロッソの気分だ。


グッバイ、マイサマー

これからは寒い地域だ。

 

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