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2009年1月

2009年1月27日 (火)

今日の俺はデジカメを持ったシャケ

New Kingstonのバスターミナルから、
Nutsford expressという会社の都市間バスに乗った。

都市間の移動には普通の路線バスもあるのだが、
ギュウギュウパンパンで有名なので、
快適な方を選んだのだ。

Kingstonを出発したバスは30分ほどで山道にさしかかった。

Jamaicaという島は秋田県くらいの大きさなのであるが、
殆どはBlue Mountainに代表される山地である。
道幅は狭く、曲がりくねっていた。

ガードレールは無く、道を外れれば谷底だ。
交通量も多く、大型トラックと出会い頭にすれ違う時は

「ヒヤーーーーーーーー!!!!」

Jamaicanたちが悲鳴を上げていた。

昨年末にトラックが崖から転落して、かなりの数の人が亡くなったというニュースを見た。
笑えんばい。

途中の山中ではジャーク屋が20~30軒くらい並んだところがあった。
何のために同じところにかたまっているのだろう。

二時間ほどで、山を降り、海が見えた。
Ocho Riosに着いたようだ。

翌日、窓の外を見ると昨日は無かった巨大なクルーズ船が停泊していた。
カリブ海クルーズの船だ。

Dann's Riverへ行った。
歩き方によると、ここの滝登りはJamaica観光の目玉だ。
一国の観光の目玉とあらば行くしかあるまい。

現地に到着すると、ものすごい数の観光客に驚いた。
Kingstonでは三日で5~6人(すべてBob博物館)
しか見なかったのに。
Kingstonの1年分の観光客が来ているのではないかと思った。

入場料一人US15ドル。
高い!ただ川に行くだけなのに!
でも観光の目玉だから仕方ないか。
じゃあまあいいか。

入り口をくぐり、まず坂を下る。
そして着いたのはビーチだ。
ここは川が流れてくる。
河口だ。
英語でいうところの
Mouth of riverだ。

ここから川を鮭いやシャケのように上っていくのだ。
シャケの気分が分かるというものだ。
故郷真駒内には
シャケ博物館というものがある。

さあ上ろう!その前に待たなければならない。

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あまりの観光客の多さに、
滝登りが順番待ちになっているのだ。

Jamaicaの観光地で順番待ちなど300%ありえないと思っていた。
というより、俺の人生で順番待ちを容認するのは
すみれだけだ。
大将では並ばない。
そんな俺がJamaicaで川を登るのに並ぶことになるとは・・・。

この人達を追い抜いて他のルートから登る事も不可能ではないのだが、
突然深いところがあったり、滑るところがあるのだ。

今日の俺はデジカメを持ったシャケ
なので、
腰から上に漬かるわけにはいかない。

ちなみにこの写真のように
手をつないでいるのはひとつのグループで、
それぞれガイドがついている。

ガイドは地元のJamaicanで、裸足で両手に
皆のデジカメやらビデオやらをもったまま
この滝をスイスイ上がったり下がったりしている。

ここに来ていた観光客の殆どはクルーズ船の乗客らしく、
それぞれガイドがついて20人ずつくらいで登っていた。

一方、我々はガイドなしの夫婦二人だけ。
他の団体にちゃっかりついていき、事なきを得たが、

Kinstonで一緒だった熊本のS君は
その後オーチに一人で行くと言っていたのだが、
一人で滝登りをするのだろうか?
やめときんしゃい!寂しいから・・・

グループ内で手を繋ぐのは
暗黙の了解のようなもので、
前後にトイレ後手を洗わないフランス人がいても
さわやかに手をつながなければならない。

じいちゃんばあちゃん達についていって登ったので、
結構時間がかかったが、

それでも滝を登りきったときは
「えっ?これだけ?」と思った。

楽しいことは楽しい。
しかし一人15ドル払って皆でこぞって行くほどの
観光の目玉とはとても思えない。
期待しすぎたのだろうか。
北海道ではこれくらいの娯楽はなんぼでもあるのだが。。。

微妙な気持ちで宿に帰ると、
宿の前にあるTurtle beachに行った。
しかし、目の前に巨大客船。

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視界の3分の1は船だ。
港にいるようで何だか落ち着かない。

少し、曇ってきた。
宿に帰ろうと支度をしているとポツポツと雨が降ってきた。

これは来る!
そう思って、走って帰った。
案の定シャワーのような雨が降ってきた。
間一髪セーフだ。
ちなみにビーチにカメはいなかった。

部屋でマッタリしていると、外は晴れた
これがRain forestの天気だ。

近くのIsland villageに行った。
ここにReggae博物館がある。

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ここの入場料は歩き方では10ドルと書いてあった。
高いなと思ってチケットを買おうとすると
15ドルと書いてある!
どう考えても高い。
クルーズ船が来ているから値上げしたのだろうか。

中に入ると、Jamaican girlが一緒に入ってきた。
どうやらガイドをしてくれるらしい。

初めはMentoから説明してくれた。
歴史の順に教えてくれるようだ。

Ska、Caripso、Rocksteady、Rootsときて、
Bob Marleyのところもあった。

ここは博物館のように何かがあるわけではない。
オーチのHard rock cafeにはボブ使用ギターがあるらしいが。

歴史に沿って、写真とビデオとガイドの説明を聞くのだ。
うーむ、やはりWorth$15ではなかったか。

初めは無難に説明をしてくれていたガイドさんだが、
ガイドさんがこの人誰か知ってますかと聞いて、
もちろん、Haile Selassie Iだ。最も重要人物の一人だというと、
意外そうにとても喜び、
それ以降の説明が急にマニアックに

最後はDancehallのコーナーだった。
ステージがあり、ガイドさんとReggae Danceを一緒に踊った。
Bogle、Pon di river、Signal di plane・・・・

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JamaicanにとってNew danceを知っているのは嗜みのひとつらしい。

最初から最後まで、他の客には一人も会わなかった。

Island villageにいたTouristはほとんどクルーズ客のようだった。

買い物するたびに

「船で来たの?それとも飛行機?」と聞かれ、


「バスで・・・・・キングストンから・・・・・」

と言うと、

「かわいそう・・・」というような感じで会話が終了する。

俺はバスが好きなんだ!陸派陸派!

と心の中で叫ぶのであった。

赤道の近くで陸派と叫ぶ。



夜、HardRock Cafeに行くと、閉まっていた。

どうやらクルーズ船が出航したので閉めたようだ。

他の店もことごとく閉まっている。

まだここに観光客いるんですけど(涙)!!

翌朝、バスでKingstonに帰った。

空港に行くとき、いつものドライバーのグリーンが

「今度いつJamaicaに帰ってくるんだ?」

「時間と金が出来たら来るよ。」

「俺たちはいつでもウエルカムだ。必ず帰って来い」と

嬉しかった。社交辞令であっても。

Jamaicaは治安が悪いと聞いていたので、
来る前はナーバスになっていたのだが、
出会ったJamaicanはとてもいい奴らだった。

少なくともJamaica人のために嫌な思いをすることは
一度も無かった。

出国審査で係員が出国スタンプを押しながら
「パサパサ(有名なDance)は行ったか?あれはすごいだろ」

最後までReggae一色のJamaicaだった。

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2009年1月25日 (日)

カリブの無人島Lime Key上陸!

日曜日、街中はどこも閉まっているので無人島Lime keyへいくことにした。

前日に話していたメンバーは放っておくと確実に起きないので、木の棒を持って各部屋のドアをゴンゴンと叩いた。ここでは防犯のためにドアの前に金網があるので、ノックができないのだ。

一名起きないのがいたので置いていくことにし、Port Royalの船着場まで行った。運転手のグリーンが最新のCDを持っていたので、それをかけると運転が荒くなった。

ハーバーには豪華クルーザーがずらりと並んでいた。
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しかし、我々の船はこの難民船(泣)

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全員救命ジャケットを着せられた(号泣)。


15分ほど揺れる船に耐えていると、島が見えてきた。

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生まれて初めての無人島だ。
ただし、今日は日曜なので多くの人が遊びに来ているが。

海もきれいだ。
Jamaicaの本来の魅力だ。

静かなはずの無人島でもやはり爆音でReggaeが聞こえる。
震源地はこの中の二つの船だ。

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曲をかけるのはいいが、でかい音で二種類かかると騒音になる。
本人たちは自分のとこしか聞こえないのだろうが・・・

左端の船はハイネケンの旗が立っているBarである。泳いで行って、泳いで帰る。

夕方からはPAを持ち込んで曲をかけている連中がいた。わざわざ船で持ってきたのだろう。

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やがて雲が出てきたので難民船で帰った。

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2009年1月24日 (土)

Kingston市内ツアー!

 テキーラでHang overのまま、9:30からYummyさんの車でKingston市内ツアーに行った。

Manamiは助手席、俺は後部座席。後部座席の窓は殆どスピーカーで埋まっているが・・・。

家を出て10分ほどで、Bob Marley博物館に着いた。

まずボブマーリー像と彼の使用していた車が出迎える。

Kingstonに来て初めて白人の観光客を見かけた。5人くらいだが。

チケットを買い、カメラを預ける。内部は撮影禁止なのだ。


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まず、入り口横のハーブ園へ。

Rastaは薬草で治療をするのだ。

とてもいいにおいのものもあった。ひとつひとつ効用を教えてもらった。


そのまま裏庭へまず行った。

ここはボブがかつて狙撃されたところだ。

壁の弾痕が生々しかった。

当時の新聞も掲示されていた。

相変わらず物騒な国だ。


表に回って、正面玄関から中へ。

彼が住んでいたそのままというわけではなかったが、階段、寝室などがあり、昔のコンサートチケット、ポスターなどが展示してあった。

車に乗り、ボブマーリー記念像へ行った。

なんだか表情がさえないボブですが・・・

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ダウンタウンを車で通り、雰囲気を味わいに行った。


まず、人の多さに驚いた。

少しインドのような感じだ。

行けなかった国立美術館も通った。

オレンジストリートもプリンスバスターの店も・・・。

Yummyさんが次々と教えてくれるが、走りながらなのでおいつけない。

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トレンチタウンを通り、Youth promotionスタジオに行った。

入ると、何人かRastaがいて、Sugar Minnottもいた。

おぁっSugarさん!!彼の本拠地ではあるけど、本人に会えるとは・・・。

よく見る80年代のレコードジャケットとはさすがに違う。

Witsuga


すごく気さく、まわりのRastaたちもすごくフレンドリーでいいやつだった。

Yummyさんによれば、こうやって皆で談笑する中から音楽が生まれるそうだ。

24時間喋って、5分ぐらい音楽の話をしそうなリラックスムード。

スタジオにはシュガーの息子もいた。ここから名曲がいろいろ生まれたのだ。

Witrastas

Halfway tree繁華街に行き、ランチした。

Island Grillというチェーン店のファーストフードに入った。

チキン、ポークをそれぞれ頼んだ。ご飯が美味しい。

Jamaicaでは意外に米を食べる。ライスアンドピースだけではない。

その後、Marketのお土産屋とスーパーに行き、DJKennyのCD屋に行った。

俺は部屋に帰るとHang overのため、寝た。

Manamiはラウンジにいたのだが、撮影を終えた「世界の果てまでイッテQ」のクルーが戻ってきた時に、イモトさんに会ったらしい。感じのいい人だったらしい。

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2009年1月23日 (金)

Kingston卵騒動、そしてナイトライフ・・・

翌朝、もそもそと起きた俺らにJamaicaの陽射しはまぶしく感じられた。今日の目標は宿の周りを探索すること。

 

昨夜から何も食べていない我々は食料を求めて外に出た。このあたりはUptownという比較的富裕層の住むところであるが、それでも道路はUglyであり、インフラの整備は行き届いていない。Halfway tree Rd.に出た。Halfway treeといえばDamian Marleyのアルバム名だ。聞いたことのある名の場所を歩くのはとても嬉しい。Manamiにこの喜びを伝えても全く理解されないだろうから、心の内に秘めておく。確かこの先のHalfway treeというところがRichとPoorの境目とされているのだったろうか。

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10分ほど歩いてガソリンスタンドに併設されたTiger shopというコンビニに着いた。まずお金を下ろさなければ。ATMでは先に男が使っていたので、終わるのを待ち使おうと近づくと、同じタイミングで若者が使おうとした。先に俺がどうぞと譲った。ATMを使っている時に近くに人がいるのは落ち着かないからである。しかし彼もどうぞと俺に譲った。日本だときっと「いやいやどうぞ」と、どうでもいいやりとりがあるだろうが、一度譲ったのならばありがとうといって使わせてもらうのが大人の選択だと思う。相手もどちらが先でもいいと思っているのだから。

やや緊張しながらもすばやくJA$10000を下ろした。参考までにUS$1はJA$68くらいだ。これでやっと一安心だ。新しい国に入った時に、ホッとするひとときというのは、入国審査を終え自分の荷物が手元に戻ってきた時、今晩泊まる宿がみつかった時、そして現地のお金が手に入った時である。これで自分の生活は保障されたのだ。ちなみにJamaicaではUSドルも使えて、それが得な時もあれば損な時もあるようだ。昨夜のタクシーはUS$で払った。

コンビニの品揃えは日本並みとはいかないが(日本のコンビニは本当にすごい)、アメリカやタイ並みに食料が揃っていた。少なくとも隣国キューバとは比べ物にならない。ここで、牛乳、卵6個、コーンフレーク、おやつ、ジュースなどを買うことにし、レジへ持っていった。店の外にはなぜか巨大なスピーカーが設置されており、LiquidトラのDancehall Reggaeが流れていた。レジの姉ちゃんはフンフン歌いながらレジ打ちをしたところ、JA$2800!!エェッ?!高い!!と思った。しかし、まだJA$を手にしたばかりで、Currencyの計算があやふやであり、レジでピッピピッピやって間違えるわけがないというのと、Jamaicaの物価が上がっているというのを誰かに聞いたのと、全然金額をわかっていないManamiが早く払ってよという無言のプレッシャーをかけてくるので、高いとは思いつつ払ってしまった。

店を出て、レシートを見ながら計算をすると、何と卵6個がJA$2000になっている。US$30だ。他の商品の価格は常識的な範囲だ。しかし卵6個で三千円というのは何ということだ!まさか鳥インフルエンザか何かで鶏卵の価格が高騰しているのだろうか?しかし知っている限り、そのようなニュースはこのあたりにはない。

他のスーパーで価格調査をすることにした。宿に一番近い、少し薄暗いスーパーに入った。店内をうろうろするが、卵の価格は表示されていなかった。

主婦の血が騒ぐManamiが、スタッフのおじちゃんに「これ近くの店で買ったんですけど、この卵の値段はどうなんでしょう?」とゲリラ英語で突撃した。

するとおっちゃんの答えは

「う~ん、うちの方が少しだけ安いけど、大体同じだよ」

意外な答えだった。

「ええっそうなの?高いなぁ~」

「そんなもんだよ」

「でもたったこんだけの卵でこんなにするなんて・・・」

「えっ?何個買ったんだ?」

「6個」

「何っ?!6個!!このレシートに書いてあるのは卵ダンボール一箱の値段だぞ!!」

「ひとはこ?!6個じゃなくて??」

「そうだ」

「今から行ったらお金返してくれるやろか」

「トライする価値はある」

「おっちゃん、俺ら言ってくるよ!」

「グッドラック」

 

我々は引き返し、コンビニへ向けて早足で歩いた。

そのときのManamiの早足に主婦パワーを感じた。あまりの早足っぷりにおいていかれそうになりながらも、俺は思った。お金は返してくれないかもしれない。おかしいと思ったら払わないのが常識だし、レシートもその場でチェックすべきだからである。この結果次第でJamaicaがどんな国か少し分かるかもしれない。Jamaicaは試されたのだ。

鼻息荒く、東洋人夫婦がコンビニに突入した。レジの人は違う女性だった。事情を話すと、さっきのレジの子が呼ばれてきた。どうやらその子はその女性に叱られているようだ。あっさりお金を返してくれた、と思ったら二千ちょっと返ってきた。今度はなんか多い気がするのだが・・・。しかしレシートはその子と女性が持っているので詳細は分からない。他のお客さんもいて忙しそうだったので、じゃあ、まあいいかとその場を後にした。

先程のスーパーにまた行った。

「おっちゃん!お金返ってきたよ!」

「そーかそーか、どれレシート見せてごらん」

「レシートはもらわなかった」

「そりゃいかん!」

「でもお金返ってきたからNo problemよ」

「いいか、必ず毎回レシートを貰ってじっくり見なきゃいかん。今度から気をつけなよ」

「ありがとうおっちゃん!」

 

宿に帰って、適当ご飯を食べた。そして、宿主のYummyさんに明日のキングストン市内ツアーをお願いすることにした。ちょうど、昨年末にTV中継で日本のTV番組に出演した時のDVDが送られてきたらしく、それを一緒に観た。「これお腹出てみえるぅ~、やっぱり皆動きが硬いねぇ!、あぁっ一瞬K子さんも映った!」とPCのディスプレイを見ながらYummyさんは一人でワーワー言っている。う~む強力なキャラだ。棚には彼女がこれまで受賞した数々のトロフィーが陳列されていた。いや、陳列というより積み重ねて無造作に置かれていたといったほうが適切だろう。優勝カップの中に他の小さいトロフィーが入っていたりした。ドンキホーテの棚の方がまだきれいに陳列されている。トロフィーに車のオブジェがついていることから分かるように、彼女はCar Sound Crashのスペシャリストだ。

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 ついでにコーヒーが安く買えるところを教えてもらった。今日はコーヒーを買いに行って、それから国立美術館へ行く事にしよう。

 またHalfway tree Rdを歩き、橋の手前で右へ。自衛隊のようなセキュリティーゲートがあり、本当にここだろうかと思ったが、コーヒーのトレーダーはあるかと聞くと、まっすぐいって左曲がって3番というところと、親切に教えてくれた。

 言われた方向に行くと、倉庫のような建物があった。2階に上がると、事務所のようなところ。白人のスタッフがいて、コーヒーを試飲するかと言われた。円山坂下宮越屋本店ではブルーマウンテンが900円くらいするのを思い出し、二人でシェアするからいいと言ったが二つ入れてくれた。最後に飲んだアメリカン航空のコーヒーは信じられないくらい不味かったが、久しぶりに美味いコーヒーを飲んだ。値段もすごく安かった。頼めば日本にもShipするかと聞くと、商用だと関税がものすごくかかるが、個人向けにはやっていると言っていた。帰るときに彼に握手を求めた。Dealという言葉がしっくりくる雰囲気だったので、そのやり方をしたかったのだ。

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 夕食を適当に部屋で食べると、ラウンジへ行った。メキシコで買ったテキーラを我々と高知のダンサーMちゃんと姫路のソンメンMくんで飲んだ。大きなボトルだったが、空いた。

 部屋でのんびりしてから、0時頃またラウンジへ。バンクーバーから来たS君とM君がいた。高知の5人組とアサイラムに行こうと話していたので、部屋に行くとすごく気持ちよさそうに寝ていたので、そっとしておいた。この頃、別の部屋のMちゃんはテキーラのおかげですっかり参っていたそうだ。

 S君M君とアサイラムへ行く事にした。カメラは置いて、少しのJA$だけ持っていく。中南米だと、強盗が納得する金額は20~40USくらいだそうだが、Jamaicaではどうだろうか。真っ暗の外を歩き、Halfway treeRdへ。夜は思ったほど歩きにくくないようだ。日中は我々は目立つが、夜は闇に紛れるからだ。そうは言っても気持ちの問題であって、地元の人にはバレていると思うが。ガソリンスタンドにとまっているタクシーに声をかけ、値段交渉して乗った。

 アサイラムはNew Kingstonと思われるあたりにあった。このクラブは日本にいた時から聞いたことがあるところで、多分Kingstonで最大のところだろう。セキュリティーチェックを受けた。帽子はキャップもだめらしい。入場料はJA$500だった。

 中は結構広く、渋谷のHarlemくらいだろうか。札幌では該当なし。客は暗くてわからないが、多分ほとんどJamaican。そこそこ入っている。曲はDancehall。さすがに皆ダンスを知っている。俺らはそれぞれ落ち着く場所を求めて、闇に消えた。

 俺はテキーラがかなり残っているにもかかわらず、ラムコークを飲んで、JamaicaのビールであるRed Stripeを飲んだ。話し相手もいるわけではないので、気付くとすぐに飲み干してしまうのだ。色々な場所に立って周りを見た。本場Jamaican LadyのWineyはすごかった。こちらでは女性が腰を動かして踊っていると、男性がぴったりくっついてきて同じく腰を動かすのだ。日本ではReggaeのイベントであっても、見かけることはそんなに多くはない。文化の違いを実感した。Manamiを連れてこなくてよかった。近づいてくるJamaicanが気になって気が気ではないからだ。入場したのが0時過ぎだからか、入ってから一時間くらいが集客のピークだった。Kingstonには地下鉄は当然ないので、札幌のように魔の時間帯はない。

 中をうろうろしていると、S君M君そしてもう一人日本人がいた。彼らは本場のReggae Musicを地元に伝えようと勉強しにきているのだ。Respect。

 俺はJamaicanだらけの人込みの中を音に合わせてふらふらする。バーカウンター、ステージ脇、後ろの方、見下ろせる場所、スピーカー前・・・。

 だんだん人もはけ、もうそろそろかなと思っていると、闇の中からM君が現れて、「そろそろ・・・」さすがよくわかっている。

 クラブの外は日本と同じくまったりとする人々がたくさんいた。

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2009年1月22日 (木)

Reggaeの首都、Kingstonに上陸!!

Miamiを離れたAmerican航空313便が離陸から1時間半ほど経ったころ、窓の外から街の灯が見えた。街というより村、集落といった弱い光だ。Blue Mountainの険しい山中の明かりを過ぎると、今度は都市と呼んでよい夜景が見えてきた。首都Kingstonだ。

世界のReggae musicの首都、世界で2番目に危険な街。1番危険な都市はSouth Africa RepublicのJohannesburgというのが一般的な見方だろう。Kingstonが2番目というのは、俺が決めた事であるが、少なくとも5大危険都市を挙げるならばこの二つとKenyaのNairobiは間違いなくノミネートするだろう。「地球の歩き方~カリブ海の島々~」ではJamaicaのパートがあるが、紹介されている街はMontego Bay、Ocho Rios、Neglil、Port Antonioに続いてようやくKingstonがわずかに紹介されている。首都にもかかわらず扱いが小さいのは、見所があまりなく治安が悪いためだろう。空から見た夜のDowntownは街灯がポツポツとついているが、車も人の気配もない不気味さがあった。Kingston港を過ぎると、機体はPort royalのNoman国際空港の滑走路へ着陸態勢に入った。

隣のJamaicanおばちゃんの巨大な手荷物を降ろしてあげると、せっかちなJamaicanに続いて俺たちは外に出た。マイアミからの2時間、俺はこのおばちゃんの荷物の上げ下ろし、読書灯の操作、トレーの上げ下ろし、イミグレの紙までやらされた。着陸するなり、このおばちゃんは他人に携帯を借りて、空港に迎えを頼んでいた。Jamaicaでは普通なのだろうか。外に出ると、南国の空気を吸った。メキシコともキューバともマイアミともどこか違う。小さな島独特の海の上で呼吸をしているような、と感じたのはこの空港が砂洲のPort Royalに位置しているからであろうか。

タラップを降りて暗がりの中、他の乗客にしたがってPassport controlへ。通常、ResidentとVisitorにカウンターが分かれている。Visitor側には全く人がいないのを見て、しめた、Jamaicanには悪いが一気に追い越させてもらうよ、と思ってVisitorの方へ行くと入り口は閉鎖されていた。そしてその向こうのカウンターもまた、閉まっていた。Residentの方をみると99%Jamaicanだが、ごくわずかに白人もいた。きっと今夜は全員こちらに並ばなければならないのだろう。覚悟を決めてJamaicanの列に混じった。

「いやーこんなに並ぶのは初めてだよ」後ろのおっちゃんが言う。前の兄ちゃんは携帯で「Yah-man,~~~~All right」と話している。Yah-manと言っている!その時ようやく俺は、憧れの地Jamaicaにたどり着いたことを実感した。並んでいる間、色々な人が世間話をしているのだが、はっきり分かるところと全く分からないところがある。前者がパトワ(Patois)という英語のJamaica方言の部分で後者は普通の英語だ。99%Jamaicanの列に1時間ほど並んで、ようやく俺たちの番になった。

一般的に入国審査は家族揃って行なう。特に英米ではそうだ。どのような入国者なのか入国審査官にわかりやすく、時間を節約して効率化できるからだろう。しかし、Morocco、Cubaなどでは頑なに「一人づつ」と言われた。複数が来ると混乱してしまうのだろうか、そういうルールにしたらしい。Jamaicaは後者だった。しかも、意外にも突っ込んだ質問をしてきた。いつ帰るのか、お金はいくら持っているのかなど・・・。不思議なことに、いつも俺の方が審査に時間がかかる。ManamiはJapanese smileでいつもあっさりと入国している。入国審査が終わると、Baggage claimで俺らのBackpackを確保した。これでまずひと安心。降機から時間が経っていたので、荷物が心配だったのだ。Manamiが入国審査の列の中にFire BallのLeeがいたと、やや興奮気味で言っていた。俺も一瞬見たが本人に間違いない。真新しい服と靴は目立つ。しかし、Jamaicaにおいては彼も一東洋人に過ぎない。

外に出る前にまずトイレだ。Warのつもりで気合を入れなければ。小便器の位置は高かった。そうか、Jamaicaよ、そうやって俺に心理的にプレッシャーを与えるか。(後でわかったのは、小便器が高いのはここだけだった)

外界へ続く自動ドアの両サイドに「タクシーですか?」と聞く女性がいた。左側の女性は「ミスなんとか」のような襷をしていて、「Dispatcher」とそれに書いてある。宿主Yummyさんからのアドバイスで、「Dispatcherと書いたスタッフは大丈夫」と聞いていたのを思い出し、その人についていった。ドアの右側にいた女性は別の会社だろう。行き先はGoodwood TerraceのAisha houseと言うと、その女性は「ああやっぱり」というような反応だった。分かっているのなら間違いなく到着するから安心だ、よかったという気持ちと同時に、他人と同じ行動をすると安心という日本人的な気持ちをその女性に覗かれたようで、複雑な心境にもなった。タクシー料金は事前に聞いていたのと同じ額だった。

「これに乗って」と言われたのは15人くらい乗れそうなバンであった。客は俺ら二人。他の客を待って出発するのかと思ったら、すぐに出発した。

外は真っ暗だ。運転手はラジオを大音量で流す。ここはJamaica、アイリーFMだ。決して我々へのサービスではなく、日常の事のようだ。

一つ気になることがあった。室内灯がついたままなのである。時刻は夜9時。さすがに危険地域は通らないと思うが、外から車内の我々は丸見えなのである。できるだけ、椅子の陰に隠れるようにして過ごした。外を歩く歩行者などいない。街灯もまばらである。Downtownの外れだろう。

車内が丸見えでReggae爆音のバンは坂を登り、Uptownに入った。歩いている人もいる。おばちゃんたちもいる。危険地域は抜けたようだ。

空港を出てから30分くらいでAisha houseに到着した。運転手がわざわざチャイムを鳴らして確認してくれた。彼に料金とチップを渡した。部屋を案内してくれたK子さんは、話し方が少しけだるい感じの女性であったが、我々の質問に対してはすべてきちんと答えてくれた。部屋はツインルームでバスキッチン付き、机もラジオまでついている。ラジオはIrie FMにチューニングされていた。床はきれい、シーツもきれい。さすが日本人経営だ。

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部屋には無線LANの電波が届かないので、ラウンジに行ってネットをすることにした。ラウンジには先客が一人いた。大阪のレゲエサウンドのA君だ。セレクターの彼はラップトップでひたすら色々なReggaeを聴いていた。

今夜は近所でDanceがあるというので、11時過ぎから何人かぞろぞろと出て行った。一人女の子が出てきた。高知のReggae dancerのMさんだ。高知からサウンドと一緒に5人で来た。しかも、これが自分でパスポートを作って来た初めての海外だ。

俺は金土のどちらかで一度Danceに行ければいいと思っていたので、ネットを終えると寝ることにした。Jamaicaに着いてからもう5箇所以上蚊に刺されたようだ。

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2009年1月20日 (火)

50年前の車が走る街ハバナ!!

エンジン始動とともに機内が白煙で真っ白になるキューバ国営航空で、ハバナに着いた。

 

メキシコからのパッケージ(往復飛行機、初めと終わりのホテルなど)のホテルはいわゆる普通のホテル。

 

ただ違うのは食事。

 

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一人10Cuc(1000円)という大金で出てきたコースのパスタ

 

おいしくない・・・

 

見た目はインドや中東で食べたパスタに似ている。

明らかにゆですぎたパスタにチーズ。

そして味がしない。

キューバでは美味しくないものが多いのだが、

物資が少ないことを考えると残すのは気がひける。。。まぁ全部食べるのですが。

 

カーサという民宿に泊めてもらうことにし、部屋でくつろぐと

外からパレードのような音楽が聞こえてくる。

 

しかしここは観光地から離れた住宅街。

 

そとを見てもそんなものはいない。

しかし、よーく見てみると

 

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いた。

 

特に楽器なしで演奏している。

 

と、思うと向かいの部屋ではトランペットを吹いていた。

 

さすが音楽の町ハバナ

 

ほとんどのカフェやレストランにこのようにバンドが来るのだが、

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これがレベル高い!

 

 

かなりの確率で名曲ChanChanをやってくれるので、比較をできる。

 

違う店で3グループの演奏を聴いたが、

それぞれ全然違う。

オリジナリティーもある。

唄もめちゃめちゃうまい。

 

ちなみに街中はこんな感じ

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ノラ犬がそこらじゅうにいる

ほえたりはしない

 

クラシックカーがたくさん

 

50~60年代のものか?!

 

よく走るなとおもっていると、案の定いろんなところで修理している。

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古本市は毎日やっている。

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キューバの革命ものとか、好きな人にはたまらない古本がいっぱい。

 

これは街中にあるピザ屋

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二つで1Cuc以下(100円以下)

 

これは地元の人向けなので安い。

他にパン屋、アイス屋も安い。

 

本当は物価が安い国なのだ。

 

そもそも使っているお金が違う。

 

観光客用Cucでは1Cucが100円で、レストランで食べると10~15Cucくらい。

 

しかし、地元用パン屋のでかいパンは5Cupで、1Cupが4.2円くらいなので20円。

 

これはチェゲバラの住んでいた家。

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行くのが大変な割に中の展示は充実しているとは言いがたい。

 

カフェのような立地と外観だ。

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テレビで「天と地と」を見た。

 

泊まっていたカーサのかあちゃんは「羅生門」「七人の侍」とかを観たと言っていた。

 

彼女はアメリカにいたが、キューバに越してきたという。

 

DMと心臓病があり、ペースメーカーが入っている。

 

アメリカだと保険次第だが、キューバでは手術も全部タダだったそうだ。


幸せって何だろう。

 

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2009年1月 6日 (火)

美しい街~Guanajuato

美しい街~Guanajuato

グアダラハラで無事に新年を迎え、サカテカス(2泊)→グアナファトへと来ています。

朝10時30分発のバスに乗り、LEONという所で乗り換えbus ・・・目的の街に着いたのは夕方5時くらい。どんどん田舎に来ているけど大丈夫かな?という不安も少しありcoldsweats01

でもメキシコの人は元々フレンドリーで超いい人。田舎に行けば行くほどそのフレンドリーっぷりは上昇~up

全く英語の通じない彼等と、全くスペイン語の出来ない私達なのに全然問題なしsign03必殺ジャパニーズスマイルで、会話と言うのは成り立つのですhappy01

ところでこの Guanajuato~グアナフアトという街は、小さいながらも街全体がユネスコ世界遺産shineに登録されている、本当に美しい所shine

町の周りを銀山に囲まれていて(サボテンとか生えているような岩山)、スペインの植民地時代の美しい街並み(コロニアル様式)が「うわぁ~!」ってくらいにステキheart04

私達が今回グアナフアトで予約したホステルは、中心街からは少し離れた山の上の方にある。

上から下までの長~い石畳の階段(多分20分はかかる)の途中に建てられているので、どのみち階段の上り下りは必須となるのですsweat02

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「はぁはぁdash」息を切らせて宿に着くと、「オラ~」happy01と笑顔で迎えてくれるオーナーのお母さん(エデナ)。

普通宿に着くと、まずはパスポートの提示だとか支払いだとかを先に済ませるのに、ここのお母さんは「こっちに来て座って座ってnotes」と言い、名前も聞かずにジュースやらフルーツやら、しまいには美味しいトルティーヤの晩御飯まで作ってくれたhappy02

超ニコニコしながら、「もっと食べる?」とか聞いてくるだけで、一切事務的なことは聞いてこないのです。

「なっ、なんだここは?!ヘブン(天国)に来てしまったのcoldsweats02??」と思いながら、モグモグ食べる日本人夫婦。

お腹いっぱ~いで大満足になると、エデナの息子さんが来て部屋を案内してくれる。いくつかある部屋で、私達が選んだのは広い窓から抜群の景色が見える角のお部屋shine

しかも内装がまたメチャメチャ可愛くて、広くて清潔。ついでにWIFIも出来るし、ゲストキッチン・DVDルームあり。もちろん朝食つき。

「パーフェクト」・・・この一言です。グアナファト旅行をお考えの方は・・・‘La Casa de Dante‘福田夫妻の一押しです。

このホステルは内装にとても凝っていて、グアナフアト特産の陶器の置物や壁掛けがいたるところに飾られている。

特に目を引くのは、陶器でできたカエルの置き物。メキシコはもともとカエルの土産物が多いんだけどここGuanajuatoはとくに多い。

調べると、グアナフアトの地名は先住民族のタラスカ族の言葉で「カエルのいるところ」という語源からきているそうです。だからカエルグッズが沢山あるのね。本当にかわいいheart02

次の朝、エデナの作ってくれた美味しい朝ごはんでお腹いっぱい。メキシコでもおふくろの味を体験する事が出来るなんてシアワセ~up

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メキシコではもう何度もタコスとか食べているけど、エデナの手作りサルサソースは一番美味し~い!辛いだけがサルサではないのね。

それと、沢山のフルーツappleで煮込んだジュースも美味しい(なんて贅沢)。美肌になりそう!

イタリアではイヴァンのママが作ってくれた家庭料理、やっぱりあれはイタリアで一番美味しかったなぁhappy02

「おふくろの味」・・・・世界中に追い求めたいshine

 

ところで世界遺産に登録される街並みは、言うまでもなく、本当にステキshine

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地図には載っていないような小道が多くて、一本中道に入るだけで迷子になりそうなほど入り組んでいる。(まぁ、でも小さい街なので迷子にはならないかな。)

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そして、その‘小道‘を見所とした最高の観光スポットがあります。

☆口づけの小道ストーリー・・・「口づけの小怪」☆

その昔、お隣さん同士で恋に落ちた若い男女。 しかし親同士が犬猿の仲で、交際は認めてもらえない。

でも二人の家の塀と塀には、人間一人がやっと通れるほどの隙間しかない。

夜ごと窓から身を乗り出し口づけを交わす二人。

ところがある日、その秘密を知ってしまった娘の父親は、怒り狂って娘を撃ち殺してしまった・・・weep

という、メキシコ版「ロミオとジュリエット」の伝説が残る場所。

「本当に行くんですかぁ?」・・・という、乗り気じゃない福ちゃんの質問に「もちろんです!」とノリノリの私。これも家族サービスですよ。

その家の前では、やっぱり外国人カップルや夫婦がチューをして記念撮影をしているkissmark。縁起がいいのか悪いのか・・・?とりあえず、私達もheart04

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それからケーブルカーに乗り、丘を登るとグアナフアトを一望できる‘ピピラ記念像’がある。

ピピラはメキシコ独立の英雄として記念像になった。大きくて迫力があり、今でもこの高台から街を見守っているように見える。

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ちょうど今日はメキシコの‘三賢者の日‘・・・メキシコのクリスマスは1月6日で終わる。今日がその最終日。子供達は12月25日ではなく、この日にプレゼントを貰うのです。

三賢者はどんなに貧しい子供の家にも必ずプレゼントを持ってきてくれる・・・という風習で、三賢者に扮したおじさんたちがお菓子を配りながら町内を歩き回っている。

各家庭ではロスカという、ドーナツ上の大きい菓子パンを夜、家族で食べる。このパンがあちこちで販売されている。

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街中には新品の自転車に乗る子供や、嬉しそうにお人形を抱いて歩いている子供。サンタさん・・ではなくて三賢者さんが来て良かったね。

mana

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2009年1月 3日 (土)

MEXICOCITY、顔の博物館とFIESTA!!

「実朝マジかわいそう!」

この実朝とは源実朝のことである。

現在、うちの奥様は「サルでもわかる日本史」という本をManhattanのBookOffで買い、読んでいる。

時々、このように急に歴史の話を振られることがある。

旦那としては歴史の話は嫌いではないのだが、ここはメキシコだ。気分が乗らない。

「あぁ、そうだねぇ」と、

適当に流す。

今朝、

宿泊しているHostal(英語でいうところのHostel)の主人であるAaronに

「今日はCentro(市街地)に行こうかな~」と言うと、

「バカタレ!CentroのMuseo(博物館)は明日行けば無料なんだから、明日行け!今日はChapeltepec公園でも行ってろ!」

お前は下調べもしない愚か者と言わんが如く、強く勧められたので、公園に行く事にした。

この公園はただの公園ではなく、国立人類学博物館や美術館などで有名な場所である。

宿を出て、50メートルも歩いていると、前方に見たことのあるカップルがいた。

同じ宿に泊まっているドイツ人カップルだ。

彼らも我々と同じく、公園行きを勧められたのだろう。

公園までの行き方もAaronがしつこく丁寧に教えてくれたので、彼らも同じ道のりで向かうのだろう。

彼らは我々と歩く速度が極めて近く、その間30メートルをキープしていた。

しかし、彼らの歩速は時速5キロであるのに対し、我々の速度は時速5.2キロであった。

段々と二者の相対的距離が近づく。

25メートル。

向こうは我々には気付いていない。

しかし、宿の共同トイレなどで会っているので、顔見知りである(と思う)

20メートル。

こういう場合は農耕民族である我々は比較的近距離に近づいたのちに挨拶する例が多いと思うのであるが、狩猟民族である彼らとしては、相手を認識した時点で「敵ではないことを確認するために」声をかけるのが一般的だと思われる。

もう少し接近してから話しかけるのが上策だ。

15メートル。

完全にストーカーのようになっている。
地元のメキシコ人しか通らない住宅街を外人二組が距離を開けて歩く姿は異様である。

あたりの住宅街は木花が南国らしい独特なものであったため、二組ともキョロキョロしながら歩いていると、
カップルの女性の方がなんとなく我々の存在に気付いたような気がする。

しかし、声はかけてこない。

10メートル。

国際的なマナーとして、ほぼ同速度、同ベクトルで歩く二組の距離が5~10メートルとなった場合、後方を歩く者は前方を歩く者に脅威を与えないために自発的に加速もしくは減速することが求められる。

我々は加速することにした。

5メートル。

農耕民族のパーソナルスペースに突入した。

さあさわやかに声をかけよう!

その時、

ぷっぷ~!!

車道を歩いていた我々に後方から車が接近してきた

危ない!

加速中の我々はさらに加速し、

事なきを得た。

我々が追い越し、両者間の距離はまた10メートルほどになり、どんどん離れていった。

追い越す瞬間、ドイツカップルの女性の方が我々に話しかけようとしたように見えた。

お前も農耕民族か!

国際親善に失敗した我々は後ろを振り返らずに歩き、

途中でAaronおすすめのレストランに入った。

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外から見ると、中は薄暗く、人の勧めがなければレストランと気付かずとおり過ぎていただろう。

入ると中は広く、何組か客がいた。警察官もタコスを食べている。

中はフードコートのようになっており、足を踏み入れた瞬間各店から声が掛かる。

「おいしいタコスあるよアミーゴ!」(多分こんなことを言っている)

入り口からすぐそばの店が比較的清潔感があったので、そこにした。

店員は完全にスペイン語しか通じなかったが、美味しいタコスを食べられた。

外に出て歩き、Chapeltepec公園に入ると、家族連れがたくさんいた。

今日は土曜日だ。

国立人類学博物館に着いた。

左右の入り口があり、どうやら左の行列が少ないほうが常設展、右の混んでいる方は特別展のようであった。

メキシコ人をこれだけ並ばせる特別展はどんなものか興味があったが、左の方から入場した。

入るとまず目に飛び込んできたのは、巨大な噴水だ。

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これは上から水が落ちてきているのでFountainというよりはWaterfallのようなものだったが、インパクトが強かった。

近くの看板にこの噴水についての解説があった。マヤ、アステカなどの人類の歴史がどうのこうのを表現したと書いてあったと思うが、忘れた。

マヤのコーナーから順番に見ていったのだが、
印象に残ったのは

「顔」

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出土品には人の形をしたものが多かったが、それぞれは表情が豊かでとても面白かった。
中南米特有のものだと思われる。

また、

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パイレーツオブカリビアンのような頭蓋骨も(詳細不明)

また、スペイン語の解説であったので未確認だが、

マヤの世界初のインプラントと言われるものもあった。

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多分これのことだと思う。

Rev Assoc Paul Cir Dent. 1973 Jan-Feb;27(1):27-36.     [Maya, the first authentic alloplastic, endosseous dental implant. A refinement of a priority][Article in Portuguese]Bobbio A.
 

 

旅に出た当初の我々はあまり博物館や美術館に興味を持っていなかったのだが、最近では「武士は食わねど博物館」と言わんばかりに、多くの時間をこれらに費やしている。

この人類学博物館も同様で、結局4~5時間もいた。

Chapeltepec公園では出店が並んでいて、お祭りのようだった。

中島公園のお祭りのようだ。(札幌ネタ)

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後にAaronに聞いたところ、これは毎日らしい

大丈夫か?!メキシコ

週末のためか、家族で歩いている人が多い。

基本的に大家族なのでわかりやすい。

メキシコの家族はとても仲が良さそうだ。

公園の階段を降りていると人だかりが上から見えた。

ニーニャ、ニーニョ、ラピード!ラピード!(チビッコたち早く!)」

と、ピエロが観客の中から子供たちを呼んでいる。

何が始まるのかわからないが、ヤジウマ大好きなメキシコ人たちがそれを囲んでいる。

我々はこれから独立記念塔を見て、ご飯を食べて、暗くなる前に帰りたかったので、そのまま去ることにした。

階段を降り、人だかりの前を通る時にチラッとそちらを見ると、

ピエロと目が合った。


ピエロ「おいそこのアミーゴ!」

オレ「しーーーん(オードリー春日のように)」

ピエロ「どっから来たんだアミーゴ?」

オレ「しーーーん」

ピエロ「あんただよ!英語で言ってるんだから!空気嫁!」

ピエロ「どっからきたのさ」

オレ「ハポン」

ピエロ「みんな~!ハポンから来たらしいぞ~!!」

観客「わーわー!!」

ピエロ「さあ、こっちこっち」

半ば強引にオレはピエロに引っ張られて、子供たちのいるところに連れて行かれ、並んだ。

同じように、オランダ人夫婦やメキシコ人女性、メキシコ人おじさんなどが連れてこられた。

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一体、何をするんだろうと思っていると、

ピエロ「じゃあ君と君、音楽スタート!」

どうやら男女組になってメキシコダンスミュージックで踊るらしい

一方、うちの奥様はピエロの誘いをうまく断り、観客席で高みの見物。

オレのペアは地元の女の子

オランダ人ダンナは地元のおばちゃん

オランダ人ワイフは地元のおじちゃん

ピエロがそれを茶化す。

お前が連れてきたんだろう
と思ったが、観客は大喜び。

ダンスの内容は

離れた場所で男女が踊りながら、

男がカビオータ!(カモン)と言うと、

女が走ってきて抱きつくというもの。

それを見てメキシカンたち大喜び。

途中でアシスタントが帽子を持っておひねりを貰いに回っていたが、

オレがおひねりほしいくらいだ。

ピエロはおひねりのかわりに風船をくれた。

こどもかよ!

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右がオランダンナ、左がオレのペアのメヒカーナ

奥様は

「超盛り上がってたよ~」完全に人ごと

「ようアミーゴ!よかったぜ!」とまわりのヤジウマたちに話しかけられるので、

オレらは足早にそこを立ち去った。

独立記念塔は遠くから眺めた。

ウエディングドレスで新郎新婦が撮影をしていた。

こういう風景を色々なところで見かけた。

中国周荘、フィレンツェのウフツィ近く(日本人)、セビリアのカテドラル近く・・・

しかし、今回の撮影場所がいつもと違うのは

独立記念塔が交通量の多いロータリーのど真ん中にある
ということだ。

メキシコでは人より車が優先である。

交差点で曲がってくる車がいたら歩行者が立ち止まる。

ロータリーを渡りたいなら、車の合間を縫って走らなければならない。

我々もロータリーを渡るのが面倒だったので、

独立記念塔はロータリーの外から眺めた。

近くにはパトカーが止まっていて、警官が立っていた。

なんだ、ポリスが誘導してるのか、メキシコの金持ちは力あるな。癒着か?!

と思っていると、新婚さんたちは撮影が終わったようだ。

警察が車止めるのかなと思って見ていると、

ぷっぷ~

!!

なんとドレスを着たまま新郎新婦、カメラマン、スタッフが全力でダッシュ!

そして、普通にクラクション鳴らされてる!!

警察何もしねぇ!

メキシコおそるべし。

それから、近くの日本食屋に入った。

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「みかど」という日本人のオーナーなら絶対付けないような名前の店に入った。

店内はメキシコ人だらけだった。

久しぶりに手軽な価格の日本食だ。

前回食べたのはマンハッタンの一風堂だ。ラーメン13ドルもした。おいしかったけど。

牛丼とカツ丼を頼んだ。

すると店員のメキシコ人、

「ぎゅうどん?!ぎゅうどんでいいのか?!」

と、発音の練習を兼ねてオーダーを確認した。

シェフは日本人のようで、日本の味だった。

そこから宿まで2キロくらい歩かなければならなかった。

比較的治安が良い地域とはいえ、夜にこんな風船を持って歩くのは緊張した。

これがインドなら10メートル歩くたびに

「ハローフレンド!ナイス風船だ。うちの店にもよっていってくれ!」

と確実に声をかけられる。

住宅街を風船とともに早歩きで駆け抜けていると、

見覚えのあるピエロが路上駐車している車のそばにいた。

さっきのあいつだ。

服は私服になっていて、帽子も脱いでいるが、

顔のペイントがさっきのままだ。

声をかけようかと思ったが、

疲れている様子の彼の背中を見て

そっとしておいてあげようと思った。

宿に帰ると奥様が、

「北条政子って実際どうなのさ?」と。

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2009年1月 2日 (金)

ブエノスディア~ス!!メヒコより

新年明けましておめでとうございますhappy01

私達は今、34カ国目となるメキシコグアダラハラにて元旦を迎えております。(時差があるので日本はもうすぐ3日かな?)

こんなに暖かい場所でお正月を過ごすなんて、まるで芸能人みたいsun 風も無いし、気温は23℃くらい。雨も降らなくて静かな場所・・・札幌の6月くらいと同じです。

だけど、おせち料理もないし、新春番組もやっていないから「2009年になった」という実感があまり無い。やっぱり正月は家族とご馳走を食べながら紅白を見て、カウントダウンは「行く年来る年」で楽しむ!!これが一番ですよbearing

「大晦日なんだから今夜くらい日本食を~!!」という思いで、カレーshineを作り、メキシコビールのコロナbeerとともに乾杯!なんとか年を越せそうだわnote

メキシコは99・9%スペイン語なので全く英語も通じない。だけど本当にメキシコの人たちは気さくで優しくて、面白いheart02

こんなに人間レベルが高いのはフィンランド以来かも。いつもニコニコして、分からない事も根気よく教えてくれる。

そんなメキシコ人お母さんに育てらたら、女の子(子供達)も素直でとてもかわいい☆

街の様子も、カラフルで、看板なんかもいちいちカワイイheart04

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空港に着いた時、税関の所に車椅子で働いている職員さんが何人もいました。今まで何カ国も見てきたけれど、これはとても素晴らしいシステムだと思う。そして笑顔で迎えてくれると嬉しくなるup

 

税関と言えば怖い顔で愛想の無い係員angryがさっさと仕事を進めていく・・・というイメージしか無い。確かに世の中悪いやつも沢山いるけど、怖い顔した位で怯む犯罪者なんてそんなにいないと思うし、99%くらいは普通のお客さんなんだから、もっと愛想を良くしてもいいんじゃない??(個人的意見)なんてね。他の国もメキシコの人を見習ってほしいわdown

 

ところで、メキシコでは道路の赤信号中にこんな商売をしている人もいますsignaler

 ティッシュやチョコレートを車の運転手さんに売り歩く

 信号待ちのわずかな時間で、車をピカピカに磨く

 親子でピエロの様な格好で芸を披露する

 口から火を吹く(手品?)

などなど・・・。そして殆どの人々は全然嫌な顔せずにお金を払い、信号が変わるのをはらはらしながら見守っている。

憐れむのではなくて、「助け合う心」を自然と身に付けています。ホント、いい国ですwink

最初に泊まったメキシコシティの宿では、超親切でお世話好きのアロン(オーナー)が毎日、宿泊客皆のプランを考えて、安全な道のりを教えてくれますheart02

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しかも超フレンドリーなワンコが2匹いて、犬好きの私はめちゃめちゃ癒されますdog大好きなディマジョとゴダ。ディマジョは捨てられていたのをアロンが拾ってきたんだそうです。

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4日間も一緒にいたから、ワンコ達も私のことを覚えてくれたみたい。

あっ、ところでメキシコ観光については後ほどアップしま~すcoldsweats01

mana

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manam余談

「大ちゃんに会いたいな」

大ちゃんとはこのブログのトップページになっているうちの愛犬です。今10才の男の子。

しばらく会えないけど寂しくないように・・・とトップページにしました。

実はつい最近大ちゃんが思い病気と診断されて、毎日泣き暮らす日々を送っていました。10年前、初めて大ちゃんが家にやって来た時のことを今でも良く覚えています。私はまだ高校生でした。

まだ10年なのか、もう10年なのか分からない。だけど、かけがえのない大切な家族。今すぐ日本に帰って、今までに無いというほど可愛がってあげたい。

こんな感じでとても落ち込んでいた私ですが、メキシコに入ってディマジョやアロン、メキシコの人達の温かい笑顔で少し元気になりました。

色んな意味で温かい国MEXICO。大好きですheart02

どうか私が帰国するまで元気でいてくれますように。

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