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2009年2月

2009年2月21日 (土)

そしてMachu Picchuへ

朝6時50分Cuzco発のPeruRailは満席だった。

「Backpacker」という最安クラスだが、バックパックを背負ってきているのは我々を含む僅かだった。

前日が大雨だったため、途中何度も土砂崩れのために止まっていた。

また、途中で機関車が不調のために交換していた。

そんなこんなで5時間後にMachu Picchu村に到着した。

翌朝、朝4:30起床。

5:00に朝食をとっていると、外を歩く人影が多く見えた。

5:30、あたりはまだ暗い。

バス停に着くと、既に100人以上が並んでいた。

Waina Picchuに登るための整理券(一日400人)をもらうためだ。

5,6台目のバスに乗り、層雲峡のようなところの道を通って、
遺跡の入り口に着いた。

ここでも少し待ち、ついに遺跡の中へ。

朝もやのため、遺跡は迷宮のようだった。

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他の人についていき、登山の整理券を手に入れた。

そしてトイレのために一度入り口に戻り、再入場した。

展望スポットに登ったが、曇りでよく見えず。

しばし待つが、やはり晴れない。

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ここはまたあとで来ることにして、遺跡の市街地入り口へ降りた。

途中で犬が現れて、我々の先導をしてくれた。

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石がぴったりと合わさって、壁をつくっている。

保存状態がよい。

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団体ツアーの観光客が多くいた。

Wayna Picchuの登山口へ戻った。

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時刻は9:30だったが、入れそうな感じだったので、もう入ることにした。

途中、多くの人とすれ違った。

どこで会う人も「あとちょっとで山頂」という。

40分ほどで、Wayna Picchu山頂へ

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背景が曇っているのでただの岩に見えるが、山頂

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頂上に着くと、雨が降ってきた。

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下方に遺跡が見えた。

Wayna Picchu登山は意外にハードと聞いていたが、

シナイ山、メテオラの方がしんどかった。

今回は全治5日間の筋肉痛だ。

下界に降りてから、またビューポイントに行った。

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ようやく全景がみえた。

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2009年2月20日 (金)

標高3400m、クスコ

 Limaを出発したTACA航空の小型飛行機は雲の中を一時間ほど飛行していた。
やがて雲が晴れ、窓の外にAndesの山々が見えた。ほぼ飛行機と同じ高度に見えた。Cuzcoへのフライトは目視によるというのは本当のようだ。山々の間を縫うようにして飛び、突然市街地が現れた。
 Cuzcoに間違いない。その街はAndesに隠れるように存在していた。

 この街を訪れるにあたって、誰もが危惧するのが高山病である。三分の一から三分の二の人が罹患するらしい。そして、人によっては飛行機を一歩降りた瞬間に違和感を覚えるとか。

 一般的な症状として、頭痛、吐き気、嘔吐、食欲不振、不眠など。

 着いた当初は我々は何も違和感を覚えず。

 空港を出てタクシーに乗ろうとすると、日本語を話せるおじさんのタクシーに自動的に振り分けられた。嫌な予感がする。

 運転しながら、
 「クスコで旅行会社やってます」

 「日本語は大学で勉強しました」

 「宿は予約してますか?」

 「マチュピチュはいつ行きます?」

 「何日滞在しますか?」

 「ここの次はどこに行きます?」

 と、質問攻め。空港野宿明けには非常にめんどくさい。

 「宿や鉄道、全部自分で手配しますから大丈夫です!なぜならその方が安いからです!ご心配ありがとう!」

 と、一片の隙も見せない完璧な説明をはっきりと日本語で言った。

 フゥ、おやじめ。手間かけさせやがって。

 オヤジ「・・・・・、で、鉄道のクラスは」

無視かよ!

待てよ、

こっこれは、秘技「都合のいいときだけ日本語わからないフリ」ではないか
Σ( ̄ロ ̄lll)


この技、どこかで見たことがある・・・・


ブッダガヤだ!

自称親切なインド人のあのオヤジの技だ!

むむっこんな地球の真裏にまで・・・(;;;´Д`)

その後、いらんいらんと何度言っても、

なぜかその日本語だけ通じず、
考えておくという大人の断り方でその場は収まった。

中途半端に日本語だと余計交渉に苦労する。

宿に着いた我々は、昼寝が高山病に良くないことを知りつつも、
すぐに寝た。迷わず寝た。

今日は休養日としていた我々は昼間に長々昼寝をして、
夜にもそもそと、Little Tokyoで買ったカップラーメンを食べてまた寝た。

奥様はぐうぐう寝ていたが、自分は眠れなかった。

やれやれ、これが高山病か・・・
(注:昼寝のしすぎで眠れなくなっただけ)

実際に高山病になった人に聞くと、
頭が爆発しそうなくらいつらいらしい。

翌日、汽車のチケットを買いにいき街中を散策した。

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少しの坂でも息切れがする。

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空が近いように見える。

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延々と長話をしたArmand君。

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2009年2月19日 (木)

南米上陸!とりあえず空港泊。

LAを昼に出発したLAN航空はこれまでにないくらい豪華な機体だった。

全席モニター、映画、音楽、ゲーム、ヘッドホン、耳栓、アイマスク・・・・

イヤホン一つ3ドルのア○リカン航空とはえらい違いだ。
AAはワンワールドから外してください。

リマ国際空港に着いたのは午前0時だ。

明日朝5時にここからクスコへの国内線に乗る。

宿に行ってもほとんど寝る時間はない。

また、ペルーはボリビアに次いで首絞め強盗などが多いので、
この時間に出歩くのは賢明ではない。

というわけで、南米最初の夜は空港泊にした。

到着ゲートを出ると、深夜にもかかわらずものすごい大勢の人が
待ち受けていた。

まるで芸能人

「タクシー?タクシー?」

客引きかよ!

8人ほどの客引きをすり抜けると、

新たに現れたのは、ツーリストインフォメーションだ。

この空港ではインフォが歩いて観光客のところに来てくれるのか、
親切なことだ。

「こんにちはツーリスト」

「こんばんは」

「私はオフィシャルのツーリストインフォメーション係りです。何かお困りですか?」

「TACA航空に朝乗るからチェックインしたいのですが」

「TACAのカウンターは朝4時まで開かないわ、ところで今夜はどこに泊まるの?」

「明日朝のフライトなので、今夜はここに泊まります。」

「あらそう、ところでリマには戻ってくるの?」

「ええ、一週間後くらいに」

「そのときはどこに泊まるの?」

「まだ決めていません」

「じゃあ、いいホテルを特別に紹介してあげるわ」

「結構です。いりません」

「ホワイ?」

「ビコーズ(うちらが泊まるのはホテルではなくてホステルだからというのはなんとなく恥ずかしくて言えず)、まだ決めたくないからです。」

「じゃあ、ここに戻ってきたときに待ってるから名前を教えて!」

「絶対に嫌だ。インドでは名前を教えた瞬間にホテルとツアーの予約が出来上がってしまうのだ。ハッ!さてはおぬしツーリストインフォメーションではなく、ただの客引きだな!!図りおって、出会え!出会え!

「どうやら見破られたようね。じゃあ名前を教えて」

「教えるわけねえだろ!アホー!」

「ねぇ、おすぃえてぇ~」(ちょっぴりセクシーに)

すると奥様登場

「教えねぇって言ってるだろ!すっこんでろ!」

おお、助さん、角さん、マナミさん。こらしめてくれたか。

印籠ならぬジャパンパサポルテを持った我々は2階のフードコートへ。

フードコートでは何件かファーストフードがあり、
そのうち、チキンのハンバーガーが食べられる店があったので
そこに決めた。

しかし目的はハンバーガーではなく飲み物。
「インカコーラ」だ。

インカコーラ。

Since 1935。

おや?

インカ文明ってそんなに最近だったんだ

味はメロンクリームソーダを甘くして炭酸を弱めたような感じだ。

そうか、インカの人達はこんなものを昔飲んでいたんだな。

食事を済ませた我々が次に向かったのはStarbucks。

ソファー席を確保した我々は、トールラテを毎時1mlほどのコーヒードリップ並みの速度で消費しつつ、南半球の夜長を過ごすことにした。

我々が上品にコーヒーを楽しんでいると、
薄汚れた身なりのいかにもバックパッカーが隣に座ってきた。
その人は注文すらせず、座ってまもなく寝た。

そして別のソファーではペルー人ファミリーが来て、仲良く寝始めた。

みなさ~ん!ここは漫喫でも温泉の休憩室でもなくて、スターバックスですよ!札幌に開店したときは行列ができたオシャレなカッフェ、スターバックスですよ~!

そして、傍から見ると我々三人は仲間同士であった。

午前4時、TACA航空のカウンターでチェックイン。

搭乗ゲートに行くと、三分の二の人が寝ている。

避難所生活のようだ。

TACA航空は安いだけあって、平気な顔でDelay。

三時間半遅れで、出発した。

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2009年2月17日 (火)

13日の金曜日・・・その二

その③  SAN DIEGO ZOO(サンディエゴ動物園)

はい、ここはもうモチロン皆さん知っていますね?800種4000頭もの動物たちが飼育されている、世界最大規模の動物園。

中でも大人気なのが、パンダの親子とコアラheart04パンダを見るのは私も初めてで、どうしても見たくて30分くらい並んだ。

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ここも‘かわいい’の域を超えているsign03

福ちゃんはガラパゴスガメが特に気に入ったみたいで、ず~っと見ていたsmile 

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そういえば、寡黙なところは似ているかもね(笑) 彼も私と付き合って、かなりの動物好きになっています。

こんなステキな3日間を企画してくれた旦那様に感謝×2ですconfidentheart02

二回目のアメリカは約2週間の滞在、マイアミ→シカゴ→シアトル→LA→サンディエゴ。

海で泳ぐほどの暑いジャマイカから一気にマイナス20度のシカゴへ。ここで福ちゃんは大学病院の見学へ。

シアトルでは、シカゴでお世話になった先生の息子さんカップルと楽しい食事。アメリカにもステキな友達ができた。マシュー(歯学部)とレイチェル(看護学校)heart04

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LAには‘リトル東京’と呼ばれる日本人タウンがある。もちろん美味しい日本食も食べられるし、スーパーで欲しいものは何でも手に入る。

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ヘヴンですup

私が愛する映画の街ハリウッドでは、スター手形の中に見つけてしまった・・・ジョニー様shine

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そして最後はサンディエゴでの3日間・・・。

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アメリカ2回目も無事に終わり、私達の旅もいよいよ終盤戦になります。

あと1・5ヶ月、南米というやや難所ではありますが二人で無事に帰国できるようにがんばりま~すrock

mana

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2009年2月16日 (月)

13日の金曜日・・・その一

28年前の2月13日(金曜日)に私は産まれた。

何と無くジェイソンを思い浮かべるような13日の金曜日」と、4,150gという巨大児で産まれたので、母はちょっと怖かったらしい(笑)

そんな母も、まさか28歳になる自分の娘が 「世界一周旅行」 に出てるなんて思ってもみなかったでしょう。

母は最近、孫が自宅の庭に作ったかまくらにリンゴを置いて、「朝になるとリンゴが消えて動物の足跡が残っているのnotes・・・・という話を楽しそうにしている。

北海道は田舎なもので、キャンプに行くとキツネやウサギを普通に見ることが出来る。おじいちゃんは熊を見たこともあるって言ってたアブネ━━Σ(゚д゚;)━━!!

父も昔、カメとかハムスターをいきなり買ってきたり、「蛍をつかまえた!」と言って帰ってきたこともあった。(蛇だけは大嫌いだけど。)

ずっと普通の家族だと思ってたけど、今になれば凄く面白い家族なのかもしれないhappy01

おかげで私も大の自然好き・動物好きの人間になりました。野生の動物を見つけるとすごく興奮するし、犬とかネコに触ると嬉しくて心底癒されるdogheart04

そんな私の為に旦那さんが考えてくれた28歳の誕生日プレは・・・「3日間おもいっきり動物尽くし~scissorsというもの。

場所はアメリカ、カリフォルニア州、サンディエゴ。

その①  SAN DIEGO WILD ANIMAL PARK(ワイルド動物園)

ここは約400種 3200頭のアフリカやアジアの珍しい動物たちが、広い敷地内でのびのびと歩き回っている。サファリに来てしまったような感覚。

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広いから歩いて回るのに大変なくらいだけど、ここ本当にすごいステキshine他の動物園は狭い檻の中に閉じ込められているイメージだけど、ここの動物たちは自由そのもの。絶滅の危機に瀕している動物の保護にも力を入れている。動物園・・というより動物保護園みたいな・・・。

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鳥達が体にとまったときは、餌目当てでも「昇天ですhappy02」って感じだった。

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その②  SEA WORLD SAN DIEGO(サンディエゴ水族館)

超有名だから知っている人も多いと思いますが、何と言ってもこの水族館で凄いのはシャチイルカのステージショーsign03

んもぅ、‘凄い‘の域を超えているdash 人間と海に住む動物とが、こんなにも心を通わせる事が出来るものでしょうか?

イルカもシャチもそのジャンプ力が「AMAZI~NG!」 up前から10列目くらいまでの人達はびしょ濡れになってしまう。

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服が濡れても手を叩いて騒いでいるほどの盛り上がりっぷりは、アメリカならでは といった感じで楽しかった。

その二へつづく

mana

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2009年2月11日 (水)

Mmanaコラム~JAMAICAにて

お久しぶりですhappy01

最近は福ちゃんにばかりブログを作ってもらっていましたcoldsweats01

では久しぶりに真夏並みの気温で、すっかりリゾート気分を満喫していた私達sun

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危ない目に遭うことも無く、旅をする上での最低限のルールさえ守れば楽しく過ごせるジャマイカ。

歩いていると何人のジャマイカ人に「JAPANESE?」と聞かれた事か・・・。

日本にいた時、‘ジャマイカでは、指輪が欲しかったら指ごと取られる!’とか聞いてかなり恐れていたから、「金よこせ!」とか言われたらどうしようsad?!・・と思って怖かった。

でも「YES」と答えるとその後に続く言葉は、大抵「俺は日本人が好きだ!」 とか「リスペクトしている!」とか、全く予想に反して歓迎のお言葉!!(゚ロ゚屮)屮

お店の客引きでもなく、物売りでもなく、普通にすれ違うだけで、「じゃあ!素敵な1日を~!」と言い去っていく。

そんなジャマイカ人と日本人を結ぶもの・・・・それは音楽 REGGAE‘ notenote

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今までどこの国でも日本人は歓迎されるんだけど、音楽を通じて 日・ジャ 友好なんて本当にステキshine

私達もモチロン  REGGAE 大好き!私と旦那さんの出会いのルーツもここにあるのですheart04

今でこそ真面目で紳士な歯医者さんだけど、出会った当時は彼のアフロに家族一同、驚いたものです happy02(笑)

クラブ仲間で良く遊んでいた頃、レゲエをこよなく愛する福ちゃんに、私もすっかり魅了されてしまった。

彼のお小遣いは90%レコードへと流れていたんじゃ・・・coldsweats02?と思うほど、レコードのまとめ買いにはビビッたけどね。

話がそれましたが、5年前の彼のように、レゲエに熱い男の子や女の子が次々にジャマイカを訪れて、そこで学んだ事を日本に持ち帰る。

福ちゃんのブログにも書いてあったけど、実際にジャマイカに来てREGGAEを学んでいく日本人だから、リスペクトされているんですよね~good

5年前にもし福ちゃんがジャマイカに来ていたら、そっちの道に行っていたかもsign02(笑)

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なぁんて、一人考えてみたりsmile

フィンランドに言った時、親友のAJに福ちゃんが前に作ったCDをあげたら、彼は今レゲエにメチャクチャはまっているらしい。JAMAICAに行きたいhappy02とまで言っているそうです。

(フィンランドとジャマイカの架け橋ですか??!)

それにしても音楽が人に与える影響は凄いnotes スペインではスパニッシュギターに魅了され、キューバではサルサに魅了され・・・・

これから行く南米ではどんなMUSIC&美味しいごはんが待っているのでしょうか。楽しみだなぁ~

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mana

 

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