イグアスは二度見る。
プエルトイグアスへはブエノスアイレスから20時間くらいはかかっただろうか。
これは南米のバスでは中距離に入る部類だろう。
プエルトイグアスというこの小さな街、イグアスの滝を見に行くツーリストが立ち寄るだけの街である。イグアスの滝というのはブラジルとアルゼンチンの丁度国境にあたるため、どちらからも来ることができる。
これまでの南米旅行者は会う人口を揃えて、「アルゼンチン側から見たほうがいい」とアドバイスしてくれる。しかし、実際に自分が両方見てそのように言っている人には一度も会った事がない。噂話のようなものである。これがアルゼンチン観光局の諜報活動によるものだとしたら、ソース(出所)のわからない人の噂話だけを頼りに旅をしているバックパッカーの間では大成功である。
ちなみにパラグアイの国境も限りなくイグアスの滝に近いが、残念ながら一歩及ばず滝を見ることはできない。パラグアイ川にあるのはイタイプーダムというダムだけである。電車に乗り遅れて駅員に怒鳴り散らすくまのプーさんの置物というような痛いプーグッズやついでにイタイミッキーダムでも作れば話題になるだろうが、著作権にうるさいウォルトディズニーが許すわけが無い。そもそも我々はイタイプーダムには行かなかったので、なぜ痛いプーという名前なのかはわからない。
話がそれてしまったが、そんなわけでプエルトイグアスには朝8時頃に到着した。巨大なバックパックを背負っている我々は将棋に例えると歩と同じくらいの機動力(前のみ一歩)なので、宿に荷物を置きに行った。
普通、朝8時に宿に行くと「チェックイン イズ ツーピーエム、シッシッ」というように冷たくあしらわれる。そこで、「いやだ、オラ夜行バスで来たからアズスーンアズポシボーでシャワーあびたいんじゃ!」と駄々をこねたところで、痛いプーダムに痛い日本人代表として沈められるだけなので、「おはようございますアミーゴ、今夜泊まりたいのですが、まだ当然チェックインはできませんよね?しばらく外出するので、荷物だけ預かっていただけると大変助かるのですが。」と、流暢なスペイン語で言った。と、いうのは妄想で、実際自分が全力で喋ったスペイン語は現地人にとっては「やあ!荷物あずかってちょんまげ!(笑)」程度のものだった。しかし、ここの宿の人々は何と、「シンコミヌート(5分)待って!今掃除してるから!それまで朝食でも食べなよ!」とウエルカムしてくれ、ご飯もタダで食べさせてくれた。結局スペイン語はオラ!(やあ!)のところしか通じてなかったわけだが。(泣)
せっかく部屋に入れるというので、お言葉に甘えてチェックインし、シャワーも浴びた。今日一日イグアスの滝に費やすことができるので、ゆっくりとした出発ができた。
「ババッとまっすぐ行って、シュッ、シュッと曲がる」という関西のおばちゃんのような道案内の通りに、銀行に寄り、バスターミナルへ。
バス乗り場近くのカウンターでバスのチケットを買う、往復二人で20ペソ。そこで、オプショナルツアーの案内もしていた。見せてもらったパンフレットはこの街に着いてからずっと見ていたもので、歩いている間も申し込もうかどうかと二宮金次郎のように読みながら悩んでいた。ところで二宮金次郎というのは何をした人だろうか?薪を背負って本を持っている銅像のことしか知らない。あれは労働しながらも時間を惜しんで勉強したということになっているが、あの本は何の本だろう。もしかしたらただの趣味本かもしれない。もしかしたらあのシルエット、巨大な荷物を背負って、歩きながら分厚い本を読んでいる姿、まさにバックパックを背負ってロンプラ(ガイドブック)を読みながら宿探しをしている我々の姿ではないか!そんなところにメタファーがあったとは新たな発見だ。
話が全く逸れてしまった。そのツアーというのはゴムボートに乗って滝に突っ込むというものである。一人75ペソ。これは大金である。すごくいいものを二日も食べられる。悩んだ結果、二日間すごくいいものをちょっと残念なものにすることで、このツアーへ参加することにした。
バスが来た。何となく列に並んで、乗ろうとした時、右足ふくらはぎに痒みを感じた。ポリポリと掻く。左足すねもポリポリ。掻いた手に異物感があり、見ると血がついていた。そして足元を見ると、自分の二本足の間を縫うように八の字に蚊が飛んでいた。
モ、モスキートだ!!朝は短パンで刺されなかったので、短パンで来てしまったのが悔やまれる。普段はバスで窓を開けて外の風を浴びながら景色を見ている時にオデコを刺されるくらい、蚊には気がつかない自分がたまたま触ったところに蚊がいたということはよっぽど血をすったのだろう。しかも喜びの八の字ダンス。このあたりの蚊はでかい。注射針で言うと、日本のが18Gだとすると南米のは14Gくらいだ。大体、他の乗客は皆短パンTシャツなのになぜ自分だけ刺されるのだろうか。自分より蚊に刺されやすかったのは、ブエノスアイレスで一緒だったイタリア人のクリスティーナだ。夜の広場で彼女だけ蚊に刺されているのを見て、同情の気持ち以上に、自分より蚊に刺されやすい人を初めて見つけた喜びが不謹慎ながら心の中に小さなガッツポーズを作った。うちの奥様は滅多に刺されない。なぜならいつも隣に自分がいるからだ。蚊に刺されやすい人の体質を分析して、その成分を抽出したものから蚊寄せをつくってはどうだろうか。
ゲートに着くと、皆どこから入るのかわからず、戸惑っていた。自分が入場口から入ろうとすると、係員が「チケットをあそこで買って」と教えてくれた。それを聞いた自分の後ろに並んでいた南米観光客たちは小走りで我先にチケット売り場へ。結局我々はチケット売り場の列の後方に並ぶことになった。自分の偏見もあるかもしれないが、ヨーロッパであればあまりこういうことは無い。
ゲートを通ると、中は公園のように整備されていた。そして遊歩道も舗装されていた。舗装された道の場合、皆その道幅からはみ出さないように歩く。舗装されていない道であれば、比較的自由に歩く。環境にとってはどちらがダメージが少ないのだろうか。
はじめに見たルートはアッパールートという滝を上から見るところだ。ちょうど団体と同時になってしまったため、良く見えるところは人が多かった。
この滝はそれほど水量があるわけではなく、言ってしまえば割と普通の滝だった。そうこうしているうちに雨が降り出した。雨は次第に強くなった。団体ツアーでは現地人ガイドだけが傘をさしていた。これは滝の水しぶきを浴びないためだが、土砂降りの中ガイドだけ傘をさしているのには、違和感をおぼえた。すぐに人はまばらになった。滝の水しぶきではなく、雨でずぶぬれの悲しそうな無数の欧米人たちとすれ違った。なぜすれ違うのか。それは自分が傘を持っていたからだ。たまに傘をさしている人がいたが、イギリス人だろうか。
30分ほどで雨は上がり、滝の下のLowerルートに行くと、イグアスの滝の全貌が見えた。三箇所に分かれている。そしてゴムボートで滝に向かうのが見えた。これから行くツアーである。ボートが滝にさしかかると、皆叫び声をあげていた。滝の真下に突っ込み、滝の裏などまで行くのかと予想していたが、ボートは意外なほど手前で引き返し、また近づきというのを繰り返した。滝を浴びるのではなくて滝を近くで見るのが目的なのだろうと思った。
階段を下って、ボート乗り場へ。するとちょうどボートが出る直前であったので、急かされた。ツアーから戻ってきた人たちはずぶ濡れだったので、水着になり、救命胴衣を身につけた。荷物は借りた防水バッグに入れた。20人ほどのゴムボートは満席だった。
まず滝の手前まで行き、写真タイム。そんなものは聞いていなかった自分は慌てて防水バッグを探ってカメラを出し、滝の写真を撮った。やはり下流の水面から滝を眺めるのは迫力がある。
写真タイムが終わり、カメラを皆しまったのを係員が確認すると、ボートは滝に向けて急加速した。悪魔の喉笛というイグアス最大の滝へ向かうかと思いきや、手前の小さい滝に向かった。滝の規模を表現するのは難しいが、滝野すずらん公園(札幌)の滝くらいの滝だ。ちょうど勢いのあるシャワーを全身に浴びているような感じだ。雨が止んでて暑くなってきていたので気持ちよかった。皆すでにずぶ濡れだった。殆どの人が水着など着ていなかった。南米の女の子が一人顔のメイクを凄く気にしていた。
ボートは再び急加速してさらに大きい滝へと向かった。どうやら悪魔の喉笛には行かないようだ。南米の子が係員に何か言って、船着場にわざわざ寄って降りた。その子の母親らしき人が「ほんとに降りちゃうのかい?!」というようなことをいいながら、後を追って降りていた。考え方の違いを感じた。その子にとってはイグアスの滝を間近で見られる一生に一度の経験よりも、今日一日の顔のメイクの方が大事なようだ。
再発進したボートは逆方向へ向かった。悪魔の喉笛の次に大きな滝だ。エンジン全開のボートが滝に近づくにつれ、轟音が聞こえてくる。滝はマンハッタンのビルのようにそびえ立ち、迫ってきた。ビルにぶつかる寸前で急減速した。あまりにも水しぶきが強いため、どこから滝の本体というのは分からなかった。首が痛くなるほど滝を見上げながら滝へ突入した。さっきの何倍も強力だ。皆思い思いの叫び声を上げる。あまりに勢いが強く、目も開けられなかった。世界一の滝を肌で感じた。何度か戻っては滝に突入した。この操縦は簡単ではないだろう。滝の中へ進みすぎれば間違いなく転覆する。目も開けられない中でのUターン。
歓喜した女性が「AR・GEN・TINA!AR・GEN・TINA!」と叫びながらボートは帰った。全部で10分ほどだったろうか。あっという間だった。
船着場から渡し舟を使って、対岸のサンマルティン島へ渡った。川と滝に囲まれているために島なのだ。島には小さいビーチがあった。日がさしはじめ暑く、水着を着たままの我々は迷わず泳いだ。イグアス観光に水着で来ている人はあまり多くはない。うらやましそうに我々を見つめる他の観光客の視線を感じた。対岸のボートツアーには長蛇の列ができていた。考える事は同じ、暑い時は滝に打たれるに限る。
優雅に水浴びをして、日光浴をしていると、熱帯の動物たちが来た。他の観光客が落としたパンを狙って来たのだろう。
その後、サンマルティン島から滝を眺めた。水しぶきが少し飛んでいて、気持ちいい。
来た道を1時間ほどかけて戻り、鉄道駅へ。イグアス最大の見所の悪魔の喉笛を見に行くためだ。
暑い。
駅の向かいにはカフェがあった。中には飲み物などが売っているようだ。周りの人はアイスを食べている。
迷わずカフェに入った。それと同時に汽車が来た。
「まぁ、次の汽車で行けばいいだろう。」
そう思いつつ、エアコンの効いた店内で夫婦各一本づつアイスを食べた。
汽車を見送り、頃合いを見計らって駅へ行くと、出口行きの汽車に乗る客の列が出来ていた。
Garganta del Diablo(悪魔の喉笛)へ向かう汽車の列は別のはずだが、見つからない。そこで、あたりを見回してみると、
「悪魔の喉笛行きの汽車は16:00が最終」
今の時刻は16:20だ。つまり、さっきの汽車が最終だったのだ!
アイスと引き換えに我々は悪魔の喉笛というイグアス最大の見所を見逃したわけだ。さすが悪魔・・・。
「やむをえん、撤収!」
もう他の見所は見終わってしまった我々は、とぼとぼと宿に帰るしかなかった。
翌日、朝一番で宿をチェックアウトした我々は、そこに荷物を預けてブラジル領事館に向かった。
ブラジルビザのためである。
ブラジルは入国にビザが必要な国なのである。
ブエノスアイレスのブラジル大使館で申請することも可能だが、申請から受け取りまでに3~4日かかる。それがプエルトイグアスの領事館で申請すると2時間で出来るらしい。ちなみにこれは他の街で会った旅人からの情報である。このIT時代にいまだに情報ノートや口コミなどのアナログな手段で情報をやり取りするのが、バックパッカーなのだ。しかも、今日13時発のリオデジャネイロ行きバスのチケットを既に買ってしまっていたので、その情報が正しくないと非常に困るのである。
朝8時にブラジル領事館に行くと、すでに4人ほど並んで開門を待っていた。いずれも個人旅行の旅人のようだ。
8時10分くらいに門が開いた。開館は8時のはずであったが、10分の遅れは南米時間では誤差の範囲だ。
申請用紙を貰い、記入する。そしてビザ代が書いてある掲示を見ると、
JAPAN・・・200ペソ(54ドル)!!
USA・・・520ペソ(135.2ドル)!!
その他の国・・・80ペソ(24ドル)!!
高!!!ブラジルは親日でなかったの???
アメリカのこの値段は何???
ビザ代のことを忘れていたというオランダ人カップルに「あの角をビット曲がって、坂をサーっと下ると右にATMがある!」と現地人のように教えると、彼氏が走って出て行った。
窓口のおじさんに必要な書類を提出すると、「1時」と言われた。
えぇっ?!二時間で出来るんじゃないの??
うちらバス1時に出るんですけど!
「おじちゃん、僕達今日の午後1時にバスが出ちゃうんだけど、何とかなりませんかねぇ~。12:45とか12:30とか・・・」
おじちゃん無言でうなずく。
これはオッケーのサインだな!そう解釈した我々は「Obrigado!(ポルトガル語でありがとう)Senor!」と言って領事館を飛び出した。
我々はそこから徒歩1分のところにあるバスターミナルに向かった。そして昨日と同じバスを待った。そう、悪魔の喉笛を見るためにもう一度イグアスの滝に行くのである。
バスが来るまで10分あったので、すばやく絵はがきを家族に書いてその場で投函した。今日は忙しい日だな・・・。そう思っていると、叫びながら我々に近づいてくる人の気配を感じた。なるべく目を合わせないようにチラッと見ると、
M夫妻だった!!!
バリローチェ以来の再会である。
これは目を疑った。
確か南パタゴニアに向かったはずだが、もう北上してきたとは。
イースター島で会ってから、サンチアゴ、バリローチェ、そしてイグアス。
旅のテンポが似ているのかもしれない。
彼らもこれからイグアスに行くというので、合流した。
バスに揺られて再び入り口ゲートに着いた。
バスから降りると、一直線にチケット売り場へ向かった。一番乗りで売り場に着いた。やったで、今日はわしが一番乗りや!!「前日のチケットを見せると半額」という割引があったので、昨日のチケットを見せた。しかし、売り場の兄ちゃんが「入り口の係員のサインが必要」と言うので、今度は入り口へ。担当の人を探し出し、サインをもらった。売り場に戻ると、すでに行列が出来ていた。がっくり。
急がなければならない理由があった。現在時刻は朝9:30。13:00にはブラジルに向けてバスが出る。その前にビザを貰って、宿まで荷物を取りに行かなければならない。だから12:00にはプエルトイグアスに帰りたい。するとバスは11時過ぎのものに乗らなければならない。イグアスの滝にいられるのは90分くらいなのだ。
辛抱強く並んで、ようやくチケットをゲットした。すでにM夫妻はチケットを手に入れていた。彼らに事情を話し、まずは悪魔の喉笛に大急ぎで行くことにした。
中に入るなり、我々4人は競歩並みのスピードで次々とツーリストたちを追い抜いていった。
散策路は幅2~3メートルで、たまに団体客がゆっくり歩いていたりしたが、鬼気迫る様相で暴走特急並みのスピードの我々の気配を察して、モーゼの十戒のように道が開けていった。駅に着いた。昨日、悪魔の喉笛行きの汽車に乗りそこなった駅だ。領事館に行ったために、我々は朝一番ではなかった。すでに長蛇の列が出来ていた。ちょうど列車が来て、列が少しずつ進んだ。が、汽車に乗るにはほど遠い位置で止まってしまった。満席なのだ。
もはやこれまでか・・・。
と、思っていると、
「何人?」
係員の兄ちゃんが聞いてきた。
「4人じゃあ。どうせ無理じゃけん・・・。」
「4人な、こっち来い」
「えっ?4人だよ!うちらの前に100人くらいいて、どう見てもその中に4人グループ以下の人たちいるけど、いいの?」
半信半疑でついていくと、確かに4人分空いていた。
南米のアバウトさをこれほど喜んだことはない。
汽車が出ると、「お先に、じゃあねぇー!」と、隣のおばちゃんたちが汽車に乗れずにホームに並んでいる人たちに手を振る。彼らも手を振る。
のんびりと進んだ汽車は15分ほどで悪魔の喉笛の駅に到着した。ホームの出口が一番遠い車両だったために、出遅れた。どんなに遅れそうでも割り込みはしない、それはこの旅で学んだ事だ。
駅を出て、散策路に入るとその道はすぐに川の上を通る橋のようになっていた。水面は穏やかで、流れもゆるく、湖の上の遊歩道を歩いているようだった。
ここでも時間のない我々(正確には時間のないF夫妻とそれに付き合わされたM夫妻)は暴走機関車の如く、他の観光客たちを追い抜いていった。
サラサラサラ・・・
ヨーロピアンの老夫婦のおばあちゃん「あなた、今日は天気も良いし、川の流れも静かでいい日ね。」
おじいちゃん「そうだねえ、あったかいし散歩にはいい天気じゃのう。」
ドドドドド・・・・
「あら?この音は、悪魔の喉笛の音かしら?もう音が聞こえてくるわ」
「違う、ばあさん後ろを見るんじゃ!」
ズドドドドドド・・・・・!!!
「きゃあああ!!」
「ジャパニーズじゃ!東洋の暴走機関車じゃあ!!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
そして・・・
遠くに見えたものは、
地面に穴が開いている!!!
ものすごい轟音!!!間違いなく悪魔の喉笛だ!!
入り口から世界最速で悪魔の喉笛にたどり着いた我々が見たものは、
湖水のように穏やかな水面に幅50メートルほどの割れ目があり、そこから100メートルほどの落差の滝であった。
どこから飛んでくるのか、どこから聞こえてくるのかわからない水しぶきと轟音は我々があたかも滝の中にいるかのような気持ちにさせた。
10分くらい滝を鑑賞したところで、引き返すことにした。ツアー客並みの忙しさだ。ここでM夫妻とはお別れだ。今度会うのは日本だろうか。悪魔の喉笛でびしょぬれになりながらのお別れも乙なものだ。
帰りも超早足で悪魔の喉笛の駅に着いた。すると、汽車はちょうど出てしまったところだった。次の汽車は30分後。
しかし我々は知っていた。この汽車の路線の横にずっと未舗装の道路が続いている事を。行きの汽車から見えたのだ。
「キンセミヌートス(15分)だよ」
係員の言葉を信じ、入り口まで歩く事にした。風を切るような速度で、南米の珍しい蝶の群れにも一瞥もくれずに一直進。
ゲート付近で、日本語で話しかけてくるアルゼンチン人がいた。
「こんにちは、私ここのガイドをやっています。よかったら・・・」
「要りません。今帰るところですから。」
「えぇ?!もう帰っちゃうの??」
「二日目だからね、じゃあねぇ~」
この早歩きをしながらの少しのやり取りで、彼が相当日本語を話せることがわかった。時間とお金がある旅なら彼をガイドに回るのも楽しそうだなと、歩速をゆるめずに思った。
バス停にはちょうど11時頃に着いた。どうやら間に合ったようだ。
バスの中はガラガラだった。さすがにこの時間に帰る人は少ないのだろう。
我々の思惑通り、12時頃にプエルトイグアスの町に着いた。
まずは宿に戻って、荷物を受け取った。ガマンしていたトイレにも行った。
そしてバックパックを背負って領事館へ。12:20。おじさんの姿はまだなかった。
とりあえずバスターミナルに行って、カフェに入った。
ランチを注文し、「なるべく早くね!」と念を押した。
12:35、領事館へ。
おじちゃんの姿が見えた。門は13時に開くことになっているが、おじちゃんが手招きしている!!
ヤーマン!!これで大丈夫だ!!ドアは開いていた。
ビザをもらった。Muito Obligado!!!
カフェに戻って、ランチをかきこみ、トイレの洗面所で汗ばんだ体を濡れタオルで拭いた。夜行バスの今日はこれが風呂代わりだ。
13:00、Rio de Janeiro行きのバスが来た。
席に着いた我々は思わずハイタッチ。Missionを終了した気分だ。Ciao
Argentina
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